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一瞬の邂逅
浅岡悉乃が初めて彼を見たのは、上野だった。
満開の桜が咲き誇る、うららかな春の日差しが降りそそぐ日だった。
悉乃の通う小石川高等女学校は、全国から良家の娘が集まるお嬢様学校だった。国語や数学だけでなく、料理に裁縫。どこに出しても恥ずかしくない教養を身につけ、良妻賢母になるための授業を生徒たちは日々受けている。
この日は、芸術の授業で上野公園を訪れていた。お花見も兼ねて桜の観察、スケッチをするという課題が出ていた。
広い公園にずらりと遠くまで続く桜並木の下を歩きながら、悉乃のクラスメイトたちは感嘆の溜息を漏らした。
「壮観ねえ」
「今年はまた一段ときれいね」
悉乃はそんな彼女たちを少し遠巻きに、景色の一部であるかのように見つめていた。皆が身に着けている様々な色柄の袷に袴。桜色と合わさると、目にも鮮やかで思わず見惚れてしまう。そして、自分の着ている着物に目をやった。仕立てのよい着物ではあるが、地味な深緑色をした矢絣の袷、海老茶色の袴に黒のブーツ。昨今の女学生として、判で押したような装いである。もっとおしゃれをしてみたい気持ちがないわけではないが、自分にはそんな資格はないという思いが歯止めをかけていた。
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