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甘美な夢
「幸い、この地域に方に受け入れていただいて、なんとかやっていけてるから、ありがたいことね。こうして薫ちゃんにも出会えたし。それにしても、理由があったとはいえ、長閑な場所でモデル歩きしてる女がいたら、驚くわよね。ごめんなさいね」
「謝らないでください。私にとってあの時の京香さんは、夢でも見てるみたいに美しくて忘れられなかった。美しい思い出があったから、今までもやってこれたと言ってもいいぐらいに大切な記憶なんです。もう一度会いたいってずっと思ってました……」
「あら、可愛いことを言ってくれるわね。ありがとう、気を遣ってくれて」
京香さんは幼い女の子を諭すような口ぶりで、私に優しく微笑んだ。彼女にとって私は、歳下の女の子で、ただの従業員でしかないのだろうか?
「京香さん、私、子どもじゃないですよ……?」
ゆっくり立ち上がると、私は彼女の横に歩み出た。そのまま腰を落としていき、片膝をつくと、ちょうど京香さんの長い右脚が目の前にあった。吸い寄せられるように、彼女の脚に手を伸ばした。
「薫ちゃん、何を……?」
細くて長い右脚を、そっと持ち上げる。どこに痛々しい傷跡があったのか、まだ覚えている。彼女にとっては辛くて悲しい傷だ。けれど私にとっては、この傷がなければ再会は叶わなかったのだ。ゆっくりと顔を近づけるど、長い脚にゆっくりとキスをした。最初は静かに、次は想いを伝えるように、少しだけ長く。人の足にキスをした経験なんてないのに、京香さんの長い脚が愛おしくてたまらなかった。黒いギャルソン風のパンツの上からキスをしているだけなのに、だんだんと熱を帯びている気がする。
「あっ……薫、ちゃ、んっ……」
京香さんが切なげな声をあげているのを聞きながら、京香さんの脚にキスを繰り返していく。
「もう、止めて……。恥ずかしいわ……」
恥ずかしい、という彼女の言葉に、私はようやく正気に戻った。
やだ、私、なんてことをしてしまったんだろう?
「ごめんなさい、京香さん! 私、とんでもないことを……」
「怒ってないわ。でも聞かせて? なぜ私の脚にキスをしたの?」
「それは……」
京香さんが私のことを、じっと見つめている。顔が燃え上がりそうに熱い。
「私が、京香さんを好き、だからです……」
もはや認めるしかなかった。今更ごまかしてもどうにもならない。顔も体も熱くて、溶けていきそうだ。でも彼女の前から逃げることはできない気がした。
「好きって、どういう意味の好き?」
「あなたの傍に、ずっといさせてください……。私は京香さんが好き。大好き……!」
同性の女からの告白だなんて、美しい京香さんはどう思っただろう? ああ、恥ずかしくて頭がおかしくなりそうだ。
「はい、よくできました。嬉しいわ」
「え……?」
顔をあげると、京香さんは悪戯いたずらっぽい微笑みを浮かべている。
「私も薫ちゃんが好き。ずっと片思いだと思ってたけど、そうではなかったのね」
「京香さんが、私を……? 本当ですか?」
「こんなの、嘘を言ってどうするの? ねぇ、薫ちゃん。これからも私と一緒にいてくれる?」
「はい。ずっとあなたの傍に、いいえ、隣にいさせてください……」
「嬉しいわ。やっぱりこの店は、私にとって夢を叶えてくれる場所なのね……」
京香さんの瞳は涙で潤み、宝石のように輝いている。その瞳に吸い寄せられるように、私達はそっと唇を重ねた。
ほどなくして、私はブルーローズの二階に引っ越した。京香さんと共に暮らすためだ。
芳しい甘美な夢は、これからも続いていく。秘密の青い薔薇は、私と京香さんを優しく見守ってくれるだろう──。
了
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