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Cafeブルーローズ
懐かしい故郷と、憧れの女性を求め、私は生まれ育った場所に戻ることにした。
父はすでに他界し、母は結婚した兄の家に身を寄せている。つまり故郷に戻ったところで、温かな家族が待っていてくれるわけではない。それでも私は故郷に帰りたかった。あの時見た、美しい女性に会いたかった。どこの誰かも知らないし、他の地へ移ってしまったかもしれないのに、心があの人を求めてたまらない。いずれ忘れられると思っていたのに、時が経つほど想いは強くなる一方だ。
「ちょっと休憩しようかな」
スーツケースを引きずりながら休みなく歩いていたので、さすがに疲れてしまった。店が豊富な都会と違って、おしゃれカフェなどない。あるとしたら、古びた自動販売機があるぐらいだ。学生時代、よく利用していた自動販売機を求めて重くなった足をさすりながら進んだ。たしか地元の駅から歩いて30分ほどだったはずだ。
「あれ、ない……」
懐かしい自動販売機は、跡形もなく消えていた。代わりに見えてきたのは、小さなお店だった。山々の中にぽっかりと浮かぶように、こじんまりとした店が建っているのだ。
「cafeブルーローズ……?」
看板にはカフェと書いてあった。小さな店だが、品の良い造りだ。
「こんな場所に、おしゃれなカフェができていたなんてね。ちょうどいいわ。ここで休ませてもらおう」
スーツケースをよいしょと持ち上げ、ブルーローズの扉を開けた。ちりりんと鈴の音がなり、カウンターに立つ女性が顔をあげた。
「いらっしゃいませ」
美しい微笑みで迎えてくれた女性の顔に、なぜか見覚えがあった。透き通るような白い肌に、均整のとれた体格、豊かな長い髪。ギャルソン風の制服が、よく似合っている。とても美しい女性だった。その微笑みは地に舞い降りた女神のように美しく神々しい。
「あ……!」
叫びたくなるのを、どうにか堪えた。あの女性だ。田舎のあぜ道を、白いワンピース姿で堂々と歩いていた美しい人。確証は何もないが、心があの人だと訴えている。
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