Cafeブルーローズ

2/2
前へ
/9ページ
次へ
「お客様、おひとりですか? よろしければカウンターにどうぞ」 すっかり挙動不審(きょどうふしん)になってしまった私を怖がることもなく、女性はにこやかに応対してくれた。   「は、はい……」    促されるまま、カウンターの端っこに座った。スーツケースが邪魔にならないように、高い椅子の足元へ押し込んだ。   「ご注文はお決まりですか?」    麗しい微笑みだった。あれから何年か経っているのに、その美貌は少しも衰えていない。   「あ、温かいコーヒーを。あと何か甘いものがあったら、それも」 「かしこまりました。それでは本日のブレンドと、当店自慢のチーズケーキをお出ししますね」    女性は優雅な手つきでコーヒーを淹れている。カフェでは普通に見られる光景なのに、流れるような動きに目を奪われる。背が高くて姿勢が良いからだろうか? 立つ姿さえ美しい。   「お待たせしました。ブレンドとチーズケーキでございます」 「あ、ありがとうございます……」 「ごゆっくりどうぞ」    湯気が立つコーヒーを、ゆっくりと口に含んだ。   「あ、美味しい……」 「ありがとうございます。コーヒーに力を入れておりますから嬉しいです」    微笑む女性の頬は、ほんのりと赤くなっていた。自慢のコーヒーを褒められて嬉しいようだ。   「お客様はご旅行ですか?」 「いえ、元々この地方の出身なんです。今日、こちらに帰ってきました」 「そうでしたか。長い旅路でしたね。お帰りなさいませ」   『お帰りなさい』  何気ない言葉が、心の中でゆっくり響いていく。都会では、ひとりで暮らしていた。「おかえり」と言われたことは、ほとんどなかった。父が遺した家に戻っても家族はいないから、出迎えてくれる人もいない。 「お客様……? どこか御気分でも悪いですか?」 「え……?」    気付けば、私の目から涙がこぼれていた。美味しいコーヒーを飲んだことで心が緩み、ずっと言って欲しかった言葉を聞いてしまったからかもしれない。   「や、やだ。ごめんなさい。ちょっと嬉しくて……。具合が悪いわけじゃない、です」    慌ててカバンからハンカチを探そうとするが、涙でうまく見つけられない。   「よろしかったら、お使い下さい」  差し出されたのは、白いシルクのハンカチだった。   「で、でも、きれいなハンカチが汚れてしまいます」 「かまいませんから、どうぞお使いになって。他のお客様に見られてしまう前に」    カウンターには私ひとりだったが、テーブル席には何人かの客がいた。カウンターで泣く女がいたら、ハンカチを差し出してくれた女性に迷惑がかかってしまう。   「ありがとうございます。洗ってお返しします」 「どうぞお気になさらず」    白いハンカチでそっと涙を拭う。初めて入ったお店で泣き出すなんて、よく考えたらとんでもない醜態(しゅうたい)だ。穴があったら入りたい……。  
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加