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「バイトだよね」
いつの間にかレザーバッグを膝の上に移していた日向は、橋崎が向かいに着くと、ゆるやかに言った。
まどろんだ眼差しや、綿に包まれたような声音でも、疑問よりは断定に近い語感だった。
―――パパ活やママ活のような、JKビジネスのようなもの。
それを橋崎に紹介した神戸も『バイト』と呼んだ。
すんなりと裏側を口にする日向にも、さほど迷わず「うん」と答える自分にも少し驚き、橋崎はなぜか二の句を急いだ。
「そっちも?」
日向は微かに眉尻の下がる、困った風な笑い方をした。その表情は教室でもたびたび見かける。
「俺は違うよ。予備校が近いから」
「行ってるんだ」
「うん。…予備校とは言わないかもしれないけど」
閉じた冊子に日向が目を落とす。
鉛筆画のような白黒の小屋が描かれた表紙、タイトルの綴りは英語でもない。語学教室の教材だろうか。
その横には飲みかけのマグカップだけがある。
橋崎は目を上げて尋ねた。
「もうすぐ行く?」
「ううん。金曜日は休み」
妙な話し方をするものだと、橋崎は思った。辻褄が合っていない。
困ったように日向は笑った。
「休みじゃないことにしてるんだよ。家もこの近くにあって、どうしてかわからないけど、金曜日は必ず夕食が重いから、断る口実が欲しくてさ。でも今日は遠くで過ごす気になれない」
要するにダイエットしていて、夕食時に帰宅しなくて済むように、習い事へ行っているふりして近所で時間を潰している、と言いたいようだ。
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