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2 聡太
槇は優しい。
俺がゲイだと言ったときも、槇を好きだと言ったときも、まっすぐに受け止めてくれた。今までずっと気持ち悪がられたり、好奇の目で見られることばかりだったのに。
「槇、どっち食べる」
「俺チーズ・・・あ、でもプルコギも一切れちょうだい」
ピザを切り分けて皿に乗せると、槇は嬉しそうにそれを頬張った。
深沢槇は俺の一つ年上の二十五歳。
友人の紹介で知り合った、普通のサラリーマン。
一緒に住み始めたのは一年前で、最初はただの同居人だった。
俺が彼を好きだと自覚したきっかけは、槇が失恋したことを聞いた時だった。
☆
(おかえり・・・って、どうしたの、その顔)
夜遅く帰ってきた槇は、誰にやられたのか、顔中痣だらけだった。
(痛え・・・)
(と、とりあえず冷やそう)
ふらふらと部屋に上がった槇は床に直接腰を降ろし、がっくりと頭を落とした。
濡らしたタオルを渡すと、頬に当てて大きなため息を吐いた。
(槇・・・何があった?)
(ちょっとさ・・・・・・彼女と口論になって)
(えっ?!この傷女の子が?)
(や、違う違う、これは彼女の・・・)
言い掛けて槇は口をつぐんだ。
俺が首を傾げると、槇は言いづらそうに答えた。
(彼女の・・・浮気相手と揉めて)
(ええっ?!)
当時の槇の彼女はなかなかに交友関係が広かったらしく、浮気相手は少々やんちゃな男だったそうだ。
(聡太・・・聞いてくれる?)
(聞く聞く)
(あいつの浮気相手・・・入れ墨入ってた)
(うわぁ・・・)
要するに槇の彼女がそっちの人と浮気をして、揉めて怪我をさせられるという、非常に理不尽な経験をしたらしい。
(そ・・・そんな厳つい奴にやられて、よくこの程度ですんだね)
(反撃したからな)
(えっ)
(渾身のグーパンチをお見舞いした)
(マジで?!すげえ!)
(痛かった・・・手もやばいんだよ)
そう言って槇は真っ赤な右手を持ち上げた。
俺はクリームパンのように腫れ上がった彼の手を驚いて見つめた。
(それで、彼女とはどうなったの?)
(別れた)
(ええっ)
(相手の男殴ってすっきりした。もう未練ない)
(槇・・・)
(・・・っていうのはまあ、表向きなんだけど。仕方ないよな、違う男が良くなっちまったもんは)
はは、と笑った槇は悲しげだった。浮気されて挙げ句の果てに相手の男と揉めて殴り合いをして、すっきりした、なんて、強がりに決まってる。
(・・・彼女を許すの?)
(うーん・・・許せるかどうかっていうより、みっともなくすがりつきたくなかったんだ)
(・・・・・・)
(俺のこと好きじゃなくなった女に執着したくないっていうかさ)
(でも・・・槇は好きだったんでしょ)
(まあね。でも浮気してたの結構前からだったらしいし、向こうの男は俺の方が浮気相手だって思ってたし・・・なんか、こう、立つ瀬がねえっつーか)
(そんなの、槇は悪くないよ)
(・・・・・・うん)
いて、と傷を押さえた槇は自嘲気味に笑った。
俺はどう慰めていいかわからないまま、こう言った。
(俺は別れて正解だと思う。その子、槇のいいところ理解してないよ。きっと、もっと槇を大切にしてくれるいい子が現れるから)
俺はそう言いつつ、自分の心が痛むのを感じた。
(・・・・・・聡太、優しいな)
(・・・・・・)
(俺、こういうとき、一人だとめっちゃ落ち込んで何もしたくなくなんだけどさ・・・聡太がいて助かったわ)
(え)
(・・・泣かなくて済む)
(・・・泣いてもいいよ)
(うん・・・)
それから槇は、これは傷の痛みのせいだからな、と断ってから、ぽろっと涙をこぼした。
いつもにこにこ笑っている槇の涙を見たのはこの時が初めてだった。
抱きしめてあげたかった。
俺だったら、槇のいいところ全部知ってるのに。
☆
「どうした聡太~、小食だな」
「あ、食う食う」
当時のことを思い出してぼんやりしていた俺は、槇の声で我に返った。
「そうだ、あのさ。聡太に言わなきゃならないことがあんだけど・・・」
「・・・え?」
いつもいつも、この類の会話になると俺はドキドキする。新しい彼女が出来た、ルームシェアを解消したい、結婚することになった・・・・・・
どの話題が来ても冷静に対処出来るように入念に練習してきた。要するに俺は、それを怖がるほどには槇を好きになってしまっているということだ。
「あのな・・・」
「うん・・・」
「昇進決まった!」
「う、うわあぁ!」
俺と槇は思わずハイタッチした。槇はずっと仕事を頑張っていて、昇進試験のために最近は帰りも遅く午前様になることも多かった。
「やったよ~、同期の中でも一番だよ~」
「おめでとう!頑張ってたもんなあ!祝杯だ!」
「ありがとう!!!」
さんざん飲んだというのに、俺たちは改めて祝杯をあげ、とめどなく飲み続けた。
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