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3 槇
聡太が実は酒に弱いことを俺は知らなかった。
クッションを抱え込んで横向きに眠っている聡太にブランケットを掛けると、その端をぎゅっとつかんで、気持ちよさそうに息を吸い込んだ。
俺はテーブルに所狭しと並んだビールの空き缶とピザの空き箱をゴミ箱に放り込んだ。ついでに風呂に湯を張る。泥酔している聡太はこのまま寝かせようと思う。酔っぱらいに風呂は危険だ。
俺が部屋の中を言ったり来たりしても、聡太はまったく起きる気配がなく、俺は風呂に入った。
こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
聡太とは、ルームシェアをしているだけ。学生の頃からの友達も報告に喜んではくれたが、じゃあ飲みに行こう、とはならなかった。
そこで俺は思い出す。聡太が俺を好きだと言ってくれたことを。
俺のしていることは酷なのかもしれない。いくら聡太が続けたいと言ったからって、一つ屋根の下で好きな男と暮らすというのは、真綿で首を絞められるようなものじゃないのだろうか。
風呂の鏡をてのひらで擦ると、三十歳目前のいたって普通の男の顔が写る。イケメンでもなけりゃ、背が高いわけでも、筋肉ムキムキなわけでもない。どこからどう見ても、平々凡々。
「あいつ、目が悪いのかな?」
空しいひとりごとをつぶやいてしまった。女性だってゲイだって、いい男が好きに決まってる。そのうち聡太だって、俺よりもかっこいいマッチョとかを好きになるに違いない。
そのほうが、きっと正しいし、幸せだ。
風呂から上がっても、聡太は同じ体勢のまま眠っていた。このままでは間違いなく風邪をひく。
「おい、聡太、起きろ」
つついても揺さぶっても聡太は起きない。俺より少し背の高い聡太を抱き抱えて運ぶ自信はなかった。
「困ったな・・・」
上半身を無理矢理抱き起こし、頬をぺちぺち叩くと、聡太はむにゃむにゃ言ってうっすら目を開けた。
「ぁれぇ・・・何で槇がいるのぉ・・・」
「そりゃあここが家だからだよ。ほら起きろ」
「あと五分・・・」
「残念だけど朝じゃないぞ。ベッド入って寝ろって」
「むりぃ・・・」
聡太はにへら、と笑って俺の腕の中にぐったり寄りかかった。そしてすやすやと眠り始めた。
「嘘だろ、おい」
揺すろうと、耳元でおーい起きろと言おうと、聡太は完全に夢の中だった。俺は覚悟を決めて、どっこいしょ、と彼を抱き上げた。
重い。
ただでさえでかいのに、脱力してるものだからさらに地獄。これは明日、確実に腰をやってしまうやつ。
何とかしてベッドまでたどり着き、聡太を仰向けに転がした。気持ち良さげに寝息を立てている。
「いてて・・・」
腰をさすりつつリビングに戻ると、小さく携帯の着信音が聞こえた。が、俺の携帯の音じゃない。
ちょうど聡太が寝ていた場所に、真っ赤なケースに入った携帯電話が転がっている。
着信音ごときで起きないのを分かってて、聡太が寝ている寝室の方を見た。プライバシーは大事。
俺は鳴り続ける携帯を裏返しのまま持った。
音が鳴り止んだので、寝室に持って行き、聡太の枕元にそっと置いてやろうとしたその時。また、ピロリン、と一回だけ鳴った。俺は驚いて携帯を取り落としてしまったが、ゴトン、と鈍い音がしても当然聡太は目覚めない。
携帯は表向きに床の上に転がっている。いたしかたなくそれを拾い上げると、不可抗力で画面に表示されたバナーの文字が目に入った。
来ていたのはSNSメッセージだった。ほんの一行。なのにその文字列は俺の中に強烈な印象を残した。
「これ以上無視するようなら、やばい写真をばらまくからな」
なんて物騒な。
というか、俺は聡太とこの文章が繋がらず首を傾げた。
聡太の仕事は大手の家具ブランドのデザイナーで、お洒落な椅子やら照明器具やらのデザインを一手に担っているという。週に一、二度出社することもあるが、基本は在宅で事足りるんだよね、と言っていた。俺が出社してから帰宅するまでの間、だいたい自分の部屋に籠もって仕事しているらしい。
それ以外に俺は聡太のことを知らず、彼のプライベートに関してはほとんど情報が皆無だ。思いやりがあって優しい聡太からは想像のできない、暴力的でエロティックな雰囲気のメッセージに、俺は正直面食らっていた。
一体これを送ってきた奴は、どんな奴なんだ。文面からすると聡太はこいつからのメッセージを無視し続けているということになる。
今、付き合っている相手はいないと聞いている。
聡太の元の恋人?
別れ話が拗れたとか、さもなくば復縁を迫られているとか。
に、してもだ。写真をばらまく、とは穏やかではない。こういうのをリベンジポルノとかいうのではなかったか。
聡太は幸せそうに眠っていた。
一瞬起こそうかと思ったが、他人の携帯のメッセージを見て心配して問いただすとは、あまりにも勝手がすぎる。そもそも俺はルームシェアをしているだけで、親友でも恋人でもないのだから、余計なお世話なのでは。
そんなわけで俺は聡太の枕元に携帯電話を伏せて置き、聡太の部屋を出た。
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