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4 聡太
目が覚めるとベッドにいた。昨晩の記憶はおぼろげだ。ピザを食べて、槇の昇進祝いにしこたま飲んで、そのあとが思い出せない。
服は昨日のまま、上半身を起こすとズキンと頭が痛んだ。二日酔いだ。
枕元にはきちんと携帯が置いてある。ご丁寧に充電ケーブルにも繋がれている。
これは俺がやったんじゃない。
この几帳面さは間違いなく槇だ。俺はいつもバッテリーが切れてから気づいて慌てるのだから。
携帯をチェックすると、三件のメッセージが入っていた。二件はよく服を買うネットの店からのダイレクトメール。そしてあと一件は、あまり嬉しくないものだった。そのメッセージの直前に電話着信もあったようだ。時間は0時直前。多分酔いつぶれていた頃だ。
返信するにも気持ちが重い。
ゲイバーでナンパされて、一晩だけのつもりだった相手が、束縛欲と執着心だけで出来上がっている男だった。
俺がこの男を選んだ理由。
それは、槇、という「名字」だったから。
下の名前で呼んでくれという相手の要望を無視して、「槇」と呼ばせて貰った。目をつぶって抱かれれば、本当の「槇」だと錯覚することが出来たから。
「なにこれ・・・」
メッセージに添付された写真は、俺が知らないうちに撮られていた、いわゆるハメ撮り。やっぱり名前だけで選ぶのは間違いだった。
そこではた、と気づく。
うっかり着信メッセージをウィンドウに表示される設定にしたままだった。相手の名前は、本当の槇と混同しないよう、M、としてあるのでいいとして、このメッセージが表示されていたとしたら・・・・・・
「いやいや、いくらなんでもそんなタイミング良く見られてるわけないよな」
ひとりごとを呟いたのと同時に、ドアをノックする音が響いた。
「聡太?」
ドアが細く開いて、スーツを着た槇が顔を出した。
「槇!昨日・・・ごめん、俺・・・」
「大丈夫か?付き合わせて悪かったな」
俺は飛び起きたが、とたんに頭痛で足が止まった。
「あいたたたっ」
「二日酔いだな。ほら薬」
「あ・・・・・ありがと」
槇は水の入ったコップと薬の箱を差し出してくれた。よく見れば槇本人も顔色が良くない。同じだけ飲んだのだから当たり前だ。
「俺そろそろ仕事行くけど、もう少し寝てろよ」
「うん・・・槇は大丈夫?」
「頭は痛いけど、まあ薬飲んだから大丈夫」
「そっか。行ってらっしゃい」
「うん・・・・・あ、あの、聡太」
「ん?」
「・・・いや、なんでもない。行ってきます」
槇は珍しく作り笑いを浮かべて、部屋を出て行った。何かひっかかるものがあったが、頭痛と胃からこみ上げてくる不快感に苛まれて、俺はもう一度ベッドに潜り込んだ。
昼になって、やっと気分が良くなった。
シャワーを浴びてキッチンに行くと、綺麗に片づいたシンクの横に、トレーに乗った不格好なおにぎりが二個、ラップに包まれて置いてあった。
小さなメモ用紙がすぐ側にあった。
(旨くないかもしれないけど、ごめん)
昇進祝いに付き合わせたことを気にしているのか。酔いつぶれて介抱させて、ごめん、と言わなきゃならないのは俺のほうなのに。忙しい朝におにぎりを握って置いていくなんて、どれだけ優しいんだよ。
ゴマがたっぷりまぶされた梅入りおにぎりは確かに塩味が薄かった。が、俺にとっては今まで食べたどんなおにぎりよりも旨かった。二個をきれいに食べきって、俺は今日の仕事に取りかかることにした。
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