花浜匙

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花浜匙

玄関に立ち尽くしてどれくらい経ったか。 困ったように眉を下げて微笑み、小さく手を 振る彼女。 左手には小さな旅行鞄を持っていて。 「またね、」 そんなこと、言わないでくれよ、 それは、いつ、叶うんだよ、 “また”って、いつなんだよ、 鞄の底に入れていた、結婚指輪。 あたりまえが、続くとおもってた。 ぼんやりと玄関の扉を見つめる。 もう、かえってこないのか。 …俺が、彼女の翼を奪ってしまったのか。自由に、何処へでもいける、真っ白な翼。 彼女は、自由になるべきだったんだ。 鳥籠に閉じ込めるなんて、そんなこと、しては、いけなかったんだ。 …そうだ。俺には、不釣り合いだったんだ。 でも、 でも、俺は、 「かえって、きて、くれよ……」 虚しく響く弱々しい声。 もう彼女には届かない。 鳥籠から出たら、目の前に広がるのは大きくて碧い空。 迷いもなく翔んでいけ。 もう、もう振り向かずに。 ……俺は、きっと、空を見上げてしまうだろうけど。きっと、探してしまうだろうけど。 ふと机を見ると、花が置かれていて。 茎の先に房のように小さな花が咲いた、淡い桃色の花。 ……この花、知ってる 「わたし、この花好きなんだよね」 「へ〜これ?きれいだね〜」 「うん、花言葉もね、いいんだよ〜」 「へーなんていうの?」 「んーとね…………秘密!まあまあ、自分で調べてみてくださいな!」 なんの花だったか、思い出せない。 きっと、忘れちゃだめなのに。 いつ降り出したのか、雨音が聴こえる。雷が遠くで鳴り出す。 あんなに晴れていた昨日までと。 もう夏なんじゃないか、って思うくらいにきらきらしていた昨日までと。 かわって、しまったのか。 夜が更け、明日がやってくる。 鳥が一羽くらいいなくなったって、この世は廻っていく。 風が吹き荒れたって、それもまた自然だから。 「あ、そうか、」 ……………そんなの、ずるいじゃないか。 “また”を期待してしまうじゃないか。
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