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結婚式の翌日、彼はいつものように研究室に出勤して、いつものように研究を始めていた。
彼は、大手通信機器メーカーの研究所で次世代通信機の開発をしている研究員だった。そこで彼は、光より早い仮想的な粒子であるタキオンによる通信技術を開発していた。
この技術を用いると、未来からの情報を受信する事が出来るようになるのだ。そうすることで、数時間前の天気予報や災害情報を予め受信することが出来れば、大規模災害を未然に防ぐことが出来る。
この技術はまだ未熟で、数分から数時間ていどの未来からの受信しか出来ていなかった。彼の研究は、それを数年単位まで延長することだった。
ザーザーザー。
xx年xx月xx日、昼のニュースです。
今日の午前中、大手私鉄の遠山電鉄で大規模な電車災害が発生しました。
管制システムの故障で複数の通勤電車が衝突し、通勤客に多数の犠牲者が出た模様です。犠牲者のお名前は……
ザーザーザー。
「え? この日付って、もしかしたら一年以上未来の鉄道事故じゃないか! 大変だ、直ぐに録音しよう」
彼が、そのニュースを録音し終わってから、同僚の研究員達を呼んできて、もう一度同じニュースを受信しようとした。しかし結局そのニュースはそれ以降受信することが出来なかった。
「なんだ。コースケ、一回しか受信できないんじゃ、技術としては未完成だな。きっとどこか別の未来と混信したんじゃないか?」
そう言って、興味を失ったように、同僚たちは彼の研究室からぞろぞろと出て行ってしまった。彼はしかたなく、一人でたった今録音した事故ニュースを聞き返した。
ところが犠牲者の中に彼が知っている名前を見つけたのだった。
―― そう、それは、ユーコの名前だった ――
そのニュースの犠牲者の中に、彼女の名前を見つけてしまってから、彼の頭の中は彼女の事で一杯になり、仕事も手に付かなかった。
どうしよう、この研究は極秘事項だから彼女に知らせて、その日は外出しちゃダメだよ、と彼女に教える事は出来ないし。
それに、そんな事をして彼女がその事故現場から離れてしまったら未来が変わってしまう。
未来への干渉を行ったら、それ以降未来がどのようになるのか予想も出来ない。
* * *
未来のニュースを知ってしまってから一週間、彼は一生懸命に考えた。そして出した結論は……彼女と結婚して、事故にあうまでの短い期間を二人で幸せになる事だった。
『十年後に二人とも結婚していなかったら、結婚しようね』この約束は、二人が十年後も生きている前提だった。ならば、十年後まで生きられる可能性がないのならば、今すぐ結婚したっていいじゃないか。
そう考えた彼は、週末前に宝石店で指輪を準備し、近所の花屋さんに薔薇の花束を予約した。
……
そして、今日。彼は指輪と薔薇の花束を持って彼女のマンションの前にやって来た。
(これから僕と彼女は、新しい『未来』を始めるんだ。)
彼は深呼吸をしてから、彼女の家のインターホンのボタンを押す。
ピンポーン、ピンポーン。
了
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