結婚

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結婚

「ねえ、コースケは覚えてる?」  彼女は、自分のカップを両手で持って、一口飲んでから、向かいに座っている彼に声をかけた。  彼は、カウンターでコーヒーを作っている店員のお姉さんの動きをぼんやりと眺めていた。ここは、コーヒーのオーダーを頼むのに呪文を唱えなければいけないので有名なアメリカ西海岸発祥のオシャレなコーヒーショップだった。 「え、ユーコ、ごめん。どんな話だっけ?」  彼は、彼女の方に視線を移してほおづえの位置を直しながらほほ笑んだ。欠けている前歯が口元からちらりと見えて、ふっと緊張感が途切れる。  彼女が彼の誕生日にプレゼントした、プラチナのネクタイピンが結婚式用に絞めている彼の赤いネクタイに映えていた。 「ほら、もしも十年後にお互い結婚してなかったら、結婚しようか……って言ってたじゃない」  足元に置いた結婚式の引き出物の位置を直しながら、彼女は紙袋の中に入っているついさっき新婦から受け取ったばかりのブーケをちらりと見やる。 「あー、あの話か。うん、覚えているよ。でも、まだ十年経ってないでしょ?  きっとユーコにも素敵な出会いがあるはずだよ」 「でもさー、ほら。さっき、トモコからブーケ受け取っちゃったし。これって次はアタシの番、ってことだよね」  彼女は披露宴で飲んだアルコールで少し赤くなった顔を彼の耳元に近付けながら、周りの人達に聞こえないようにささやく。彼女の耳には、誕生日に彼からもらった小ぶりな真珠のイヤリングが輝いていた。 「うーん。まあ、ブーケを受け取るってのはそういう意味だけど。ほら。だけど、それって迷信みたいなものだからさ。幸せのお裾分け? みたいな事で、べつにユーコが今すぐ結婚しなきゃいけない、という事ではないよ」  彼は、微笑みながらそう言って彼女から視線をそらすと、スーツの内ポケットからスマホを出して画面をスクロールし始めた。  彼女は少しほほを膨ませながら、またカップを両手で持ち直して、少し冷めたラテを飲み始めた。 * * *  ―― その次の週末の朝 ――  ピンポーン、ピンポーン!  彼女のマンションのインターホンが、何の前触れもなく何回も鳴る。彼女は遅い朝ご飯を食べながらモーニングショーを見ていたところだった。 「こんな日曜日の朝に、なにかしら。ワタシ、宅配なんか頼んだかしら?」  彼女が不思議に思いながらインターホンのモニター画面を見ると、そこには息を切らせてインターホンのカメラを真剣に見つめている彼の姿が映っていた。彼女はカメラ越しに彼から見られている気がして、ちょっとドキリとしてしまった。 「ちょっと、まってね。今、開けるから」  彼女が、パジャマから普段着に着替えて玄関を開けると……  玄関では、背中に隠していた薔薇の花束を彼女に向かって差し出しながら、真新しいシャツを着た、真剣なまなざしを自分に向けている彼が立っていた。 「ユーコ、結婚してくれ。今すぐ、ここで!」 「え? ちょっと待って。話が見えないよ、とにかく部屋にはいって。玄関前で薔薇の花束を抱えた状態で立ち話も変でしょ」  彼女は、ちょっと驚きながらも、彼の突然の訪問に嬉しそうに彼を自宅に迎え入れた。(いったい、ぜんたい、どういう風の吹き回しかしら)そう心の中で呟きながら……
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