Ⅲ 追憶

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 だが、その一方で、ユラは明るく人なつっこい女の子でもあって、打ち解けるほどに、俺と一緒に師匠の靴の中に蛙を隠す悪戯をやってのけて、こっぴどく怒られたり、野原を駆けては、自分の生まれた国と同じ花が咲いているのを見つけては喜び、ころころと笑った。  あまりにその笑顔がかわいらしくて、俺は一回、野に咲いていた菫の花を一輪引き抜くと、その場で彼女のくせっ毛にそっと挿してやったことがある。ユラはことのほかそれを喜び、頬を赤らめながら、俺に礼を述べた。 「ありがとう、ダズ。この花、宝物にするね」  その言葉通り、ユラはその花弁を押し花にして、ながらく肌身離さずに持ち歩いていたものだ。  そんなユラとの思い出が、俺の脳裏を駆け巡る。  つまり、俺はユラに恋していた。  それゆえ、己の将来はユラと共にある。俺は何時しか、ごく自然にそう信じるようになっていた。  だから、50年前に「おやすみ」と挨拶を交わし、それから永い時を経て、覚醒したときも、俺の傍にはユラがいることを、一寸たりとも疑わなかった。  だが、現実は冷たく厳しいものだった。  ユラはもういない。  そして、さらに悪いことに、老婆が言うには、戦いは50年の時を経ても、まだその激しさを滅していなかったのだ。
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