華村ビルの人々

2/11
前へ
/39ページ
次へ
「それじゃ、入居の手続きはこれでおしまいね」  華村(はなむら)花音(かのん)は書類をまとめると、テーブルの上でトントンと整え、クリアファイルへと挟んだ。それを隣の椅子の上に置き、ニコリと咲に微笑みかける。 「咲ちゃんのおかげで、このビル、ようやく満室になりました」 「はい、拍手ぅ」とパチパチと手を叩いてみせる。 「そうなんですか?」  ハイテンションな花音を咲はキョトンと見つめた。花音は拍手を止め、うん、とうなずいた。 「五年前に祖母が亡くなってから、五階はずっと空き部屋だったの」 「それは意外ですね」  ここ華村ビルは、外観こそ半分廃墟と化してはいるものの、徒歩五分圏内には商店街や病院なども揃い、駅近の生活環境には恵まれた立地だ。  それでいて、家賃は三万円と破格の条件なのだから、普通に考えたら、すぐに満室になっても良さそうなものである。 「入居者は、誰でもいいってわけじゃないから」  咲の考えを見透かしたように花音が言った。 「え?」 「誰でもいいなら、部屋はすぐ埋まったかも。でも、僕は咲ちゃんみたいな子を待ってたの」 「私みたいな?」  咲は首を傾げた。そう、と花音が笑う。 「というか、咲ちゃんを待ってた」  花音は冗談めかしたが、その手の冗談に不慣れな咲は、顔を赤くしてうつむいた。それを微笑ましく眺め、「で、このビルの入居者なんだけど」と花音は続けた。 「一階には悠太(ゆうた)くん。彼とはこの前会ったよね」  その言葉に、人懐っこい悠太の顔が思い浮かんだ。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加