第11章 岩橋千塚と常世の仙果。龍追う人と幻の南葵楽譜

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「……で、ここがステージの置かれる岩橋千塚(いわせせんづか)古墳群。資料館もあって、全体で"紀伊風土記の丘"っていう博物館施設になってるんよ。そして、ここの結界となって守ってるんが、地元では"三社"って呼ばれる3つの神社」 和歌山市の地図を前に、ユラさんが立地の説明をしてくれている。 紀ノ川の河口近くにあるこれらは、こうしてみると海からさほど遠くない位置に集中していることがわかる。 古墳群を中心に丁度Lの時を描くように鎮座する3つの神社、すなわち「日前宮(にちぜんぐう)」「竈山(かまやま)神社」「伊太祁曽(いたきそ)神社」だ。 これらは神話時代に遡る非常に古い神社で、それぞれに高い神格をもっている。 日前宮は境内に日前神宮と國懸(くにかかす)神宮という2つの神社があり、伊勢神宮の御神体である八咫鏡(やたのかがみ)に先立って鋳造されたという鏡を祀っている。 竈山神社は神武天皇の長兄である五瀬命(いつせのみこと)、伊太祁曽神社は日本書紀で全国に木を植えて廻ったと記される五十猛(いそたける)をそれぞれ主祭神とし、まさしくこの地が神話と直接関わることを示している。 「和歌山市とかその近くの人らは"三社参り"とかって、初詣でぜんぶ巡ったりするらしんよ。で、この神社さんだけでも強力な結界になってるんやけど、特に岩橋千塚を直接守護してるんが裏三社神人(じにん)……通称"裏三社"っていう結界守なんよ」 なるほど。そういえば学生の頃、日本中世史の講義で"神人(じにん)"という語を耳にした。 中世では武装勢力としても機能し、寺院の僧兵に比した文脈でも語られていた。 これを聞くと歴史好きが高じて教師になったわたしはわくわくしてしまうのだけど、ユラさんがずっと乗り気じゃなさそうなのはこの辺りの事情が関係していた。 「この裏三社の当代が私ちょっと苦手なんよ……。日前さんなんかはいわばアマテラスより古いともいえるさかい、"真の零神宮"やって。ほいでうちとこの神社にすごい張り合ってくるんよ。いや、表の三社さんとは仲良しなんよ。あくまで裏三社の結界守との話なんやけど……」 なんかすごい意外だ。ユラさんも苦手なタイプっているんだ。 この人にここまで言わせるなんて、裏三社の結界守とはいったいどんな人物なんだろう。 ちょっと無責任とは思いつつ、それでもわたしは興味の方を抑えきれずにいるのだった。 「これはこれはゼロ神宮(・・・・)さん。紀伊の端からようお参りやねえ」 コンサート当日、自席を探していたユラさんはさっそく噂のその人に捕まってしまった。 「紀伊の端からようお参り」って以前に裏高野の管長さんにも言われたような気がする。 ツンとした声に振り返ったわたしは、思わず息を飲んだ。 鮮やかなブルーのドレスに白いボレロをまとったその人は、ユラさんに負けず劣らずクールな美人だった。 そして手には、バイオリンと思しき楽器のケースを提げている。 これが当代の裏三社結界守、"鵜飼琉璃(うかいるり)"さんとの出会いだった。
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