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1つめは友ヶ島に眠る大蛇のことだ。
加太の沖、淡路島との間にあるこの島は大戦中の煉瓦造りの施設がファンタジー映画を思わせることから、近年とみに有名になっている。
が、実は葛城修験の行の出発点である第一経塚があり、かつて役行者が凶暴な大蛇を封印したという池があるのだ。
小角はこの大蛇を封じるとき、「夜に笛を吹いたときだけ解放する」と約した。
以来、この辺りでは笛を吹くことが忌避され、夜に口笛を吹くことをタブーとする習俗のもとになったともいう。
裏三社の楽団は結界内で楽の音を捧げ、大蛇の封を限定的に解いてはまた鎮めることを繰り返してきたのだそうだ。
2つめは、人間の情念があやかしへと変じた哀しくもおそろしい話だった。
この地には「安珍・清姫」として知られる伝説があり、能楽の「鐘巻」「道成寺」といった曲の元となっている。
あらすじはこうだ。
昔、熊野参詣への旅の途次で老僧と若僧・安珍が一夜の宿を乞うた。
その家の娘・清姫は安珍に一目惚れし、思いの丈をぶつけるが参詣の身であることを理由に拒絶されてしまう。
清姫の激しい思いを持て余した安珍は参詣が終われば必ずここに戻ると偽り、帰途にはそこを素通りしてしまう。
騙されたことを知った清姫は怒り、蛇身に変じて安珍を追う。そして安珍が隠れた道成寺の鐘に巻き付き、鐘もろともに焼き殺してしまったという。
物語は、後に法華経の功徳で二人が無事に転生する流れとなっているが異説も多く、実はこれより古い伝承がもう一つ存在する。
それは『日高川草紙』にある「賢学・花姫」の物語だ。
賢学という青年僧が、ある時夢のお告げで将来結ばれる娘の存在を知る。
しかしこれを仏道修行の妨げと考えた賢学は実際にその娘に会いに行き、あろうことか幼い彼女の胸を刺して逃走してしまう。
時は流れ、賢学は京都・清水寺で出会った美しい娘に恋をし、二人は結ばれる。
が、娘は誰あろう、かつて賢学が刺した花姫その人だったのだ。
修行のため姫を捨てて熊野へと向かう賢学。
しかし花姫は彼を追い、そのうちに蛇へと化身してしまう。
鐘に隠れた賢学を引きずり出し、蛇となった姫はもろともに日高川の水底へと消えていったという――。
「……あんまりなお話ですね」
賢学と花姫のあまりに惨い伝説に思わずそう言ってしまったわたしに、
「私かてそう思うわ」
とユラさんが頷く。
「あやかしにはいろんな種類がいてるけど、友ヶ島の大蛇は太古からの神霊に近いもの。そして花姫みたいに、人間の情念が凝ってしまったものもあるんよ」
蛇に変じるくらいの想いなんて、哀しすぎるでなあ――。
ぽそりとユラさんが呟いた直後、会場で再び拍手がわき起こった。
ステージに琉璃さんのカルテットが登場し、いよいよあやかし封じのための曲を奏でるようだ。
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