第11章 岩橋千塚と常世の仙果。龍追う人と幻の南葵楽譜

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「あのカルテットでは"笛"のオーボエが大蛇の封を解除、バイオリン・ビオラ・チェロの形をした楽器であやかしの荒魂を鎮めるんよ」 ユラさんが耳元でそう説明してくれたけど、ん?と引っ掛かる言葉があった。 「"の形"って?見た通りじゃないんですか?」 「そう。あれらは正確には"龍弦(りゅうげん)"っていう楽器なん。頼貞公がヨーロッパ留学時代に現地の魔術士たちとともに開発した、龍封じの霊器。西洋でも龍蛇は強力なあやかしとして、たくさんの伝説が残ってるんよ」 なるほど。それこそが裏三社神人たちの結界法、音楽によるあやかし封じの仕組みなのか。 琉璃さんたちが奏でだした曲は、今まで聞いたことのないものだった。 切なく長く響く主題が繰り返され、なんとも哀しい情感を起こさせるメロディだ。 ああ、そうか。 これは、鎮魂曲(レクイエム)に近いものなんだ。 ヒトの営みの安寧のため封じられたあやかし。 また、心身の傷の痛みからヒトならざるものへと化生してしまった、元はヒトであったあやかし。 こうした存在に対する哀悼の意が、この曲に込められていることを感じる。 それはよく耳慣れた"供養"という言葉に置き換えてもいいかもしれない。 「――来やった…!」 ユラさんの呟きに視線を振り向けると、会場周囲に立った黒い膜の向こう側に、巨大な2つの影が近づいてきていた。 いつものようにわたしの鞄の中にいた猫のコロちゃんとカワウソのマロくんが、ぴょんっと飛び出してきて肩の上に乗った。 「友ヶ島蛇ヶ池のオロチさん。そして、蛇身の花姫さん――」 ユラさんの指し示すそこには、大蛇というよりはもはや龍と見える巨体が鎌首をもたげていた。 「この龍蛇さんたちは、裏雑賀の銃士隊が張った結界の"(あわい)"の中を進んできてるんよ。せやからルート上の市街地に影響はあらへん」 心配していたことを見透かしたように、ユラさんが説明してくれる。 岩橋千塚古墳群が守っている非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を求める2体の龍蛇を一度引き寄せ、その上で音楽によって鎮魂するのがこの祭式の要諦なのだという。 哀愁を帯びた旋律が一際長く響き渡り、カルテットの演奏が終わった。 再び大きな拍手がわき起こり、琉璃さんたちは優雅にお辞儀をしてステージを去っていった。 が、次の瞬間、外から2体の龍蛇が結界めがけて激しくその身を打ち当てた。 会場全体がズンッと揺れ、(あわい)を示す黒い膜が圧迫されたように歪んだ。 「様子がおかしい!行ってみるわ!」 席を蹴って立ち上がったユラさんに付いて、私もコロちゃんマロくんを肩に乗せたまま一緒にステージ袖へと走った。 楽屋に飛び込むと、疲労困憊した様子の楽団員たちと琉璃さんが憔悴した顔で楽器の手入れを行っている。 「琉璃、これはどないなん……?」 「ユラ…。どうもこうもない。龍蛇さんらの鎮魂がでけへんのや……。紀伊の結界が弱まってるんと関係してるかもしれへんけど、私らの演奏が効けへんだ。せやけどみんなさっきの曲でごっそり霊力もってかれて、次は無理や。私が、なんとかするさかい」 そう言って立った琉璃さんだったけれど、血の気を失った顔でくらりと上体を傾けた。 ユラさんが咄嗟に抱き止め、琉璃さんを真っ直ぐ見つめて驚くようなことを口にした。 「わかった。こんな時のためのゼロ神宮や。あとは、私が弾く」
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