第12章 紀伊のローレライと裏九鬼船団。新宮城のあらたなる丹鶴姫

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「なんてよ!」 九鬼さんが叫び、船の速度をさらに上げようとした。 が、見えない引力のようなものに捕まったのか、船足は遅々として伸びることはない。 「オサカベ!」 ユラさんが檜扇の霊刃で飛来する石礫を払い、コロちゃんとマロくんも次々にそれらを跳ね返している。 わたしも檜扇を振るって石を弾こうとしたけど、高速で打ち込まれるそれらからは自分の身を守るので精一杯だ。 「あかん、矢を(つが)える間があらへん!」 石礫の集中砲火をかわしながら反撃を試みていたオサカベさんだったが、一矢放つ間にその数十倍の攻撃が飛んでくる。なんとかさらに数本の岩杭を封じてはいるが、やがて弓構えをとることすらままならなくなっていった。 そして徐々に、船体へと直撃する石も数を増していく。 「九鬼さあん!まっと船足上がらんかいー!?」 「あかな!こえで全速(でんそく)や!」 しかしあやかし達の引力に絡め取られた船は喘ぎながらも進むことをやめず、オサカベさんもほんのわずかな隙を捉えては射を放つ。 と、その時、進行方向の先で大きく霧の塊が動いたような気がした。 続いて重く低く、ボォォォォォウッ、と汽笛の音が鳴り響いた。 妖気が充満する結界内の霧を割いて、大きな白い船がその舳先を現した。 3本のマスト、装甲で鎧われたかのような硬質な船体、舷側に穿たれたいくつもの砲口。 わたしはその船の名を、歴史書を通じて知っていた。 「――エルトゥールル……!」 それは紛れもなく、オスマン帝国海軍のフリゲート艦、エルトゥールル号の姿だった。 紀伊大島沖で海に消えたあの艦が、いしなげんじょ達の攻撃からわたしたちをかばうように割って入った。 あやかし達は突如出現した軍艦に、石礫の矛先を向け直した。 しかし雨霰と浴びせる石の弾丸もフリゲートの装甲にはまったく効かず、エルトゥールル号はあたかも悠々と海上に聳える城のようだ。 「今のうちに!オン――!」 こちらへの攻撃が止まった瞬間を逃さず、オサカベさんが間髪入れず霊矢を連射していく。 端から順に岩杭へと矢が突き立ち、紫電の光とともに次々とあやかし達は封じられていった。 最後の岩に矢が放たれた直後、クルーザーはぐんっと急加速してあやうく後ろへ投げ出されそうになる。 みるみるスピードを上げた船は、長大なフリゲートの艦体に沿って走った。 すれ違うその艦を見上げると、舷側にびっしりと精悍な髭面の士官たちが居並んでいるのが見えた。 「エルトゥールルの英霊たち……!」 ユラさんが、感極まったように呟く。 艦上の士官たちは一斉に抜剣し、体前に掲げる礼でわたしたちを見送ってくれた。 「おおきに!ありがとうー!」 わたしたちは口々に手を振って叫び、九鬼さんに倣って右手を左胸に添える礼を返した。 遠ざかっていくエルトゥールル号は、きっとずっと紀伊の海を護り続けてくれていたのだろう。 わたしたちの進行方向には、再び青い空が広がっていた。
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