第12章 紀伊のローレライと裏九鬼船団。新宮城のあらたなる丹鶴姫

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本丸跡広場の周囲に、(あわい)を示す黒い膜が次々に立ち上がった。 シララさんは微笑みを浮かべたまま、ゆったりとこちらへと歩みだす。 「佐門くんも。――大人になったんだね」 「……」 声をかけられたオサカベさんは何も応えず、ただ辛そうに眉を顰めるばかりだ。 「貴女は……。雑賀あかりさん、ね」 シララさんはわたしにも視線を移すと、やさしげに語りかけた。 「ずっと"由良"と一緒にいてくれてありがとうね。ほら、お姉ちゃん友だちいないから――」 「そんな話をしに来たんと違うっ!」 遮るように、ユラさんが叫んだ。 初めて聞く、本当に怒気をはらんだ彼女の声。 ユラさんは刀の袋を握る手にぎゅうっと力を込め、射るような視線を妹へと向けている。 「蹈鞴と戦ったあのとき、12年振りに白良の姿を見て……生きててくれただけでよかったと思った…。けど…けど、なんやその姿は!なんで、おまえが、"あやかし"になってるんや!!」 悲痛なユラさんの叫びにわたしは驚き、そのまま固まってしまった。 あやかし…?シララさんが…? ゆっくりとオサカベさんの方へ目をやると、無念そうに唇を噛み締めている。 もう一度シララさんをうかがったけど、わたしにはユラさんとよく似た人間の姿にしか見えなかった。 「わかってるのでしょう。"継いだ"のよ、丹鶴姫を。紀伊の結界守たちが延々と続けてきたことと同じ。わたしが何代目なのかはよくわからないけれど」 ふふっ、とシララさんが笑みをこぼす。 もしユラさんがやわらかく微笑んだらこんな顔になるのかなと、ぼんやり思っていた。 頭が、目の前の事態に追いついていない。 「……質問を変える、白良。おまえが丹鶴姫を継いで自らあやかしになったんは、何のためや。返答次第では――」 「…次第では?」 「斬る」 ユラさんが刀袋の綴紐をしゅるりと解いた。 黒造りの柄が露わになり、六代目由良の愛刀・(かがり)がただならぬ剣気を発している。 「……お姉ちゃんは昔からそうだったわ。零か一か、白か黒かでしか考えようとしない。この世は、グレーの部分がずっと多いというのに…。わたしが何を言っても、きっといまのお姉ちゃんには届かないね。けれど…この人はお話したいみたいよ?」 ねえ。――"七代目"さま。 瞼を閉じたシララさんがそうささやき、再びゆっくりと目を開くとそこにはまるで、そう――。 ユラさんがもう一人、そこに立っているかのような錯覚を覚えた。 〈――お久しゅう。"お師様"〉 七代目と呼ばれたその人は、シララさんの身体を通じて涼やかな声を発した。 〈……わらわの跡を、まさかそなたが継いだとはな。――"眞白(ましら)"〉 いつの間にかユラさんにも六代目が宿り、歴代の由良同士が対峙している。 七代目であること、"お師様"と呼んだこと、これらは二人が師弟であることを示しているのだろう。 空気がピリッと密度を増し、緊迫感がこちらにも伝わってくる。 〈お師さ――〉 〈だまれ眞白。わらわは言ったはずじゃ。あやかしは一匹たりとて逃さぬと。むろん、人から妖異へと変じたものも……斬る〉 各々(おのおの)、手出し無用――! 六代目はそう言い放つと(かがり)を包んでいた袋を捨て去り、痛みを覚えるほどの殺気を込めて抜刀した。
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