第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

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和歌山県下にある多くの寺社仏閣や、古墳などの古代遺跡といった文化財には、人ならぬ異形に対する結界として機能しているものがある。 通常の史跡や記念物、工芸品など国や県からの指定を受けたものは各自治体や博物館などが管理しているが、その保全も専門職員だけでは手が回っていない。 そこで、その業務をサポートする「文化財保護指導委員」、通称「文化財パトロール」と呼ばれる要員が多数配置されているのだ。 文化財に知見のある公務員や、まれに民間人も自治体の推薦で就任し、指定文化財だけではなく埋蔵文化財包蔵地などの見回りも担っているという。 これが表向きの文化財パトロールだとすると、その裏側にあたるのが刑部氏のいうお仕事のようだ。 つまり結界や鎮壇具として機能している文化財を見回り、異常があったらそれを報告する"あやかし文化財パトロール"……。 「ちょっと待ちいや、刑部!藪から棒にそない言うて、あかり先生かて困るやろ。こないだはほんまに危なかったんや。私が……不甲斐なかったからな。せやから、もうこれ以上危険な目えには遭わせたないんじょ」 由良さんが強い調子で割って入り、わたしは少しびっくりしてしまった。 が、状況はよくわかった。 由良さんのいう"お話がある"とはこのことで、刑部氏のスカウトを断り、わたしを怪異がらみの危険から遠ざけようとしてくれているのだ。 刑部氏は相変わらず満面の笑みを浮かべ、うんうん、と何度も大きく頷いておいてこう続けた。 「そやけど、あかり先生はこないだモロに鬼と関わってしもたんやろ。これから先、大なり小なりあやかしに狙われるかもしれへんで。魂の匂いを覚えられたさかい。せやからむしろ、"こっち側"になってもろた方が安全やして。由良さんかて、わかってはるでしょう? 大丈夫!ぼくらぁがきっと守りますさかい! こないだはまさかの事態やったけど、ほんまは由良さんめちゃめちゃ強いんやでえ」 そう言って、刑部氏はぎゅっとわたしの手を握りしめた。 由良さんがもう一度「チッ」と舌打ちする。 具体的に何をすればいいのかは全然わからないけれど、先日の出来事は実際に子どもたちに危険が及んだ。 もしそうしたことを防ぐ一助になるのなら、わたしはわたしの出来ることから逃げたくはない。 いつの間にかわたしは刑部氏の手を握り返しており、それに気づいた彼はふいに真剣な目をして、力強く頷いた。 ――と、こうした経緯であやかし文化財パトロールの任に就いたわたしの初仕事が、この旧家での刀拝見と相なったのだった。
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