終 章 那智決戦、果無山のあやかし達と不死の霊泉

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「わたしが聞いていた話とはずいぶん違うじゃないの。あなたたち、"一ツ蹈鞴の本体"を蘇生しようとしているわね?(しゅう)はどこ?直接問うのがいいみたいね」 キッ、と睨み据えたシララさんに対して娘はびくっと身体を震わせ、 「知りません……。知りません……」 と呟きながらあやかし達の群れへと隠れてしまった。 と、その時。 那智の滝が鳴動し、山全体が震えた。 地鳴りのような音が足元のはるか下から響いてきて、瀑布を成す大量の水が徐々にその勢いを弱めていく。 やがて完全に瀧の水流が止まり、その下の断崖が露わになった。 そしてその縦長の裂け目には赤黒く巨大な、禍々しい肉の塊が封じ込められていた。 「一ツ…蹈鞴……!」 誰かが唸るようにその名を口にする。 大きい。とてつもなく、大きい。 高速道で最後に戦った蹈鞴も大きかったけど、それとは比べ物にならない規模だ。 「あれを解き放とうというのね。がっかりだわ、(しゅう)。そんなことしたって、天地は救われはしない」 シララさんが吐き捨てるようにそう言った直後、蹈鞴本体である肉の塊に、すうっと横方向の裂け目が入った。 みるみる開かれてゆく肉襞の奥には、灰色に濁った巨大な眼球が嵌っている。 続けて裂けたその下は、太古の生物の肋骨を思わせる無数の牙を備えた顎門(あぎと)だった。 蹈鞴は耳をつんざく金属音で咆哮し、結界の内壁に歪みを生じるほどの衝撃が響き渡った。 「刑部(ぎょうぶ)様っ!」 ユラさんがオサカベさんを振り返り、叫んだ。 長弓を手に険しい表情を見せているのは、最初に一ツ蹈鞴を封じた伝説の益荒男(ますらお)、"狩場刑部左衛門(かりばぎょうぶざえもん)"。 〈間合いが遠い!滝壺の手前まで、道を開いてたもれ!〉 「受けたもう!」 ユラさんが、シララさんが、そして裏熊野神人らが一斉に散った。 刑部(ぎょうぶ)が蹈鞴封印の射を放てる場所への、血路を開くために。 〈当代、わらわの魂ももはや磨り減った。此度が最後であろう。能う限り、奥義を振るう。眞白……七代の剣も目に焼き付け、すべて己がものとせよ!〉 「はい、六代様!」 ユラさんとシララさんに目掛けて、あやかしたちが殺到していく。特にシララさんは肉吸いの長に"裏切り者"と謗られ、その周りを一人囲まれてしまった。 裏熊野神人たちはその間に太刀を振るいながら結界の裂け目を塞ぎにかかり、あやかしの増援を止めようとしている。 ユラさんにもわたしにもそれぞれ蹈鞴の分身が群がり、3人と2頭が一緒に戦うことはできない。 わたしはあの時のように檜扇の霊刃を振り、コロちゃんマロくんとともに迫りくる妖異を迎え撃った。 ユラさんも長刀を閃かせながら、包囲されたシララさんのことを気にかけている。 が、シララさんの身体に宿った七代目が、あの静かな声で言い放った。 〈当代の由良よ。お師様の御所望じゃ。我からはこの技をご覧に入れよう〉 そして七代目は左右の空間を割き、そこから大小二振りの刀を抜いて両手に握った。 両刀を下段におろすと、冷たく宣告するかのように技の名を言霊にのせる。 〈土乗水(どじょうすい)――〉 二刀・"密厳淨土(みつごんじょうど)"
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