終 章 那智決戦、果無山のあやかし達と不死の霊泉

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断崖の蹈鞴はすでに原型を留めておらず、破裂寸前にまで膨張したおびただしいバルーンの集合体のような姿だ。 そしてオレンジの光はさらに輝きを増し、中心はもはや白色で臨界に達しようとしている。 「この(あわい)ごと自爆するつもりね」 「この規模やと、現世の那智も無事ではすめへん…」 シララさんとユラさんが険しい表情で、すぐさま裏熊野神人たちの結界構築に合流した。 「ゼロ神宮さん!あかん!あんたらだけでも退避してくれ!」 これまで限界を超えた霊力を振り絞って結界の裂け目を塞ぎ続けていた神人たちが、悲痛な声で叫んだ。 連続で射撃を行なったわたしは既に両腕の感覚がなく、立ち上がることもままならない。 でも、でも…!なにかできることは――! 「護法さん、最後のお願い」 ふいにユラさんが振り返り、コロちゃんマロくんへ静かに語りかけた。 「あかり先生を結界の外へ。ここは、私らが食い止めるさかい」 そんな…! いやだ! まだわたしにも、何かできるはず! でも、抵抗の意志を口にしようとした瞬間、コロちゃんとマロくんがとことこと滝壺の方へと近付いていってしまう。 「やれやれ、これが爆発したらどうしたって」 「人間の霊力では封じられないわ」 「あかりん一人を助けても」 「うつし世にいる人も巻き込んじゃう」 そして臨界寸前の蹈鞴に向き直り、2大精霊は牙を剥いた。 神気がほとばしり、その獣身が徐々に巨大化してゆく。 「われらは"護法童子"!」 「天地の法を、護るもの!」 胡簶と鞠麿は那智の滝の断崖に届くかという程の大きさに変じ、同時に蹈鞴へと覆いかぶさった。 そしてその眼だけをわたしに向けて、やさしい声を発した。 「あかりん、ありがとう」 「楽しかったわ」 カッ、と断崖が白く光った。 強い閃光と直後に巻き起こった爆風で、わたしたちは皆持ち場から吹き飛ばされていく。 両腕で顔をかばいながらも、光の向こうに3つの巨大な影が蒸発していくのがはっきりとわかる。 やがて、嘘のように那智の結界内は静寂を取り戻した。 滝のあった断崖にはクレーターのような穴が穿たれ、蹈鞴も、精霊たちも、跡形もなく消え去っていた。 「…あ……あぁ……そんな……」 コロちゃんとマロくんは、すべての霊力と引き換えにわたしたちを護ってくれたのだ。 倒れていた裏熊野神人たちが、続々と起き上がってきている。 彼らはオサカベさんにも駆け寄り、改めて手当てを施してくれているようだ。 岩場が崩れて瓦礫のように重なったところから、煤けた白衣と緋袴の人が身を起こした。 シララさん、そしてユラさん。 わたしと目が合ったユラさんは少し表情を緩め、何か言おうと口を開きかけた。 が、その時。 「お姉ちゃん!後ろ!」 岩陰から瞬時に伸ばされた妖異の腕が刃となり、真後ろからユラさんの胸を貫いた。
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