第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

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妖刀、と聞いていたので何やらおどろおどろしい気を放つものかと身構えていたけれど、特になんということも感じない。 由良さんは壇の水瓶に生けられていた槇を新しいものに取り替え、拝礼して短い祝詞のようなものを唱えると、それでお仕事は終わってしまった。 やや拍子抜けして木扉を閉じ、蔵を後にする。 「あかり先生がてっとうてくれて助かったわあ。しめ縄、一人やと難儀やねん」 由良さんが屈託なくそう言い、お浄めの海塩を軽くかけてくれる。 わたしも由良さんにお塩をかけ返しながら、「てっとうて」が「手伝って」の意味だと遅れて気付いた。 母屋へと戻りながら、ご当主に終了の報告をすべく客間に向かう。 しかし、そちらの方向からなにやら人の争うような声が聞こえてきて、由良さんと顔を見合わせた。 近づくにつれてよりはっきりと怒声がわかり、客間の奥からいくつもの足音がドスドスと響いてきた。 ガララッと乱暴に障子が開け放たれスーツ姿の男が3人、憤然と出てきて、由良さんとわたしを押しのけるようにして玄関口へと降りていった。 「ご当主!なんもないか!」 由良さんが客間に駆け込み、お爺ちゃんの安否を確認する。 「おお、気づかいないよ。えらい騒がせてしもたなあ」 ご当主ののんびりした声にほっとしたのも束の間、客間に入ったわたしはその光景に肝を冷やした。 畳には抜き身の刀が幾本も突き立てられており、その向こうには傍らに鞘に収められた日本刀を携えたご当主が端座している。 平気な顔で「いまお茶いれるさかい」という彼を制して、話を聞くところによるとこうだ。 以前から度々、古美術商を名乗る男たちの出入りはあったらしい。 しかし最近になって、ご当主が祀る南紀重國を譲ってほしいという業者が現れ、かなりしつこく訪問を受けていたそうだ。 さっきの男たちがそうで、一般には知られていないはずの結界文化財としての価値に精通していることをほのめかしていたという。 当然譲れるようなものではないことを承知で、男たちは高額の条件を提示するなどなりふり構わない手段に出、やがてあからさまな恫喝を行うようになってきた。 さっきの抜き身の刀は男たちの過ぎた脅しに対して、ご当主が次々に突き立てていったものだという。 この人もただの好々爺というわけではなく、尋常じゃない肝の座り方をしているようだ。 「あの刀がらみやと警察にもいわれへんさかい、トクブンの刑部さんに相談しますわえ」 トクブンが"特務文化遺産課"であることはすぐわかった。 普通なら警察の案件だろうに、ずいぶん特殊な事情なのだと改めて思い知らされる。
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