第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

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ふいに、庭先のほうが騒がしくなった。 何人かが庭を踏み荒らすような音が聞こえ、離れの方角でざわめいている様子だ。 「あかん、無理に封印解く気いなんか!」 ご当主が険しい表情になった瞬間、ぞわりと背中に悪寒が這い登った。 屋敷全体がぐにゃあっと歪むような感覚の後、開け放たれていた障子や襖が、タンタンタンタン!と次々ひとりでに閉じられていく。 「あいつら、南紀さん盗りよったな」 さっきの男たちが戻ってきて、強引に南紀重國の封印を解いたようだ。 力づくで、刀を奪い去る気なのだ。 さっきまで穏やかだった屋敷の空気は、明らかに異常をきたしている。 何か重く、暗く、冷たい気配が、ズズッズズッと離れから迫ってきている。 次の瞬間、タアン!と障子が開け放たれ、手に手に抜き身の刀をぶら下げた男たちが入ってきた。 奥の一人は、南紀重國が封じられた細長い木箱を担いでいる。 「由良さん、先生、あぶない!」 男たちが何かを叫びながら抜き身を振り回して殺到し、ご当主がわたしたちをかばうように、畳に突き立てられていた刀たちの向こう側へ押しやった。 凶刃が届くかと思われた間一髪、畳に刺さった刀と刀の間にパリリッと紫電のようなものが走った。 抜き身を振り下ろした2名の男が、それに触れて感電したかのように痙攣し、どうっとその場に崩折れた。 ご当主は、この刀で結界を張っていたのだった。 「こっちや!」 ご当主が足元の刀を拾い、客間の反対側から走り出て縁側を抜け、別の部屋へと転がり込んだ。 外であるはずの景色はどろりとした黒い膜のようなもので覆われており、あの日の陵山古墳で鬼に襲われたときとまったく同じだ。 「南紀さんの封印が解けて、"(あわい)"になってしもたようやね」 由良さんが部屋の外を伺いながら、厳しい顔でそう呟いた。 うつし世とかくり世の境界、(あわい)。 結界に裂け目をつくらない限りここからは抜け出せず、あらゆる通信手段も届かないため助けを呼ぶこともできない――。 隣で、ご当主が腕を押さえてその場に膝をついた。 見るとシャツがぐっしょりと鮮血に染まっており、顔面が蒼白になっている。 さっきわたしたちをかばって、あの男たちに斬られのだ。 血を見たわたしは一瞬気が遠くなったけれど、 「しっかり!」 と叫んだ由良さんの声で正気に戻った。 ともかくも、止血をしなくてはならない。 ご当主は気丈に自身で布を見繕い、由良さんとわたしに手伝わせて創傷に巻き付け、苦しい息のもとこう言った。 「あと一人、南紀さんを担いだ男が残っとる。あれは、刀の魔力に魅入られて取り憑かれた人間の顔やった……。屋敷には他にも結界が張ってあるさかい、奴もわしらあも行けるとこは限られとる。ここから縁側通って土間に降りて、外へ出な(あわい)を抜ける裂け目はつくられへん。奴に出遭わんように行けたらええけど、もし鉢合わせたら……。戦わなあかん」
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