第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

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ご当主は持ってきた刀をぐっと握りしめ、しっかり由良さんとわたしを見つめた。 それに応えて、由良さんもわたしも力強く頷く。 わたしたち三人は、全身を耳にしてそろりそろりと縁側を渡っていった。 屋敷は不気味なほど静まり返り、おそろしいものが潜んでいるなどとは思えないほどだ。 傷をおしてご当主が先頭に立ち、両脇からわたしたちが付いてゆく。 当初の好々爺というイメージは一変し、黒拵えの刀を携えた姿は果断な老剣士そのものだった。 渡り廊下の突き当り、小さな木扉をすうっと開くと、そこは土間だった。 ひんやりと冷たく、濡れた土のような匂いがする。 向かって左側は土壁で、古いかまどや鍬などの農機具が置いてある。 右側は縁台のような上がりかまちになっており、座敷への間は木製の襖のようなもので立て切られていた。 そして、正面のいちばん向こう側に出入り口が見えている。 三人が顔を見合わせて頷き、一気に走り抜けようと踏み出しかけたその時――。 バアンッ!と右手の木襖を突き抜けて、何かが土間に激しく転がり落ちた。 悲鳴をあげた瞬間にわたしが見たのは、さっきご当主に斬りかかってきた二人の男たちだった。 物のように叩きつけられ、ぴくりとも動かないまま土間に折り重なっている。 そして、壊された木襖の裂け目から、獣のような息づかいとともにもう一人の男が侵入してきた。 手には飴色に変色した、白木のままの柄と鞘をもつ長刀。 影打(かげうち)・南紀重國――。 だが、男はすでに人の顔をしていなかった。 鬼灯の実のように赤く燃える目。狼のように耳まで避けたかと思うほど開けられた口からは、だらりと舌が垂れ下がっている。 男は拙いマリオネットでもあるかのような覚束なさで、刀の柄に手をかけた。 ガタガタと痙攣しながら、ぬらあっと刀身を抜き出していく。 いっそう強い妖気が立ち上り、血生臭いような匂いが鼻をついた。が、 「ご当主、借りるで」 そう言って由良さんがご当主の刀を手にし、凶漢の正面に立ち塞がった。 刀のことを何も知らないわたしは、その時になってようやく、由良さんが携えているのが南紀重國の半分ほどしかない長さであることに気が付いた。 リーチでいえば、絶望的に不利なのではないか。 そんな不安を見透かしたのか、由良さんはこちらを振り返ると、なんとにこっと笑みを向けてみせた。 「あかり先生、今度は必ず助ける。必ずや」 そう言うと小太刀を腰に差し、胸の前で何かの印を結び、朗々と歌うかのように声を発した。 「当代由良の名において請い願う。つるぎの御技、我に貸し与えたもう!――六代目様!!」 次の瞬間、刀を振りかぶった男が、弾かれたように由良さん目掛けて襲いかかってきた。 由良さんはやや俯いて、両手はだらりと垂らしたままだ。 斬られる――! 凶刃が彼女に届こうというその刹那、なぜか男の刃は空を斬り、その勢いでもんどり打って転がった。 由良さんは、氷の上をすべるような体捌きで、音もなく身を躱したのだった。 しかし、倒れた男を冷たく見下ろす彼女は、明らかにいつもの由良さんではなかった。
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