第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

1/8
190人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ

第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

夜の神社に来るのは初めてかもしれない。 4月とはいえ空気はしっとりと肌寒く、短い参道沿いの桜は故郷の雪と見紛う白さだ。 和歌山、といえば南国のイメージが強かったけど、山間のこの街は意外と気温が低い。 石灯籠には本物の蝋燭が点され、灯芯がチヂッと揺らめくたび周囲の闇が形を変える。 「神さんに挨拶だけ、しといたしかええわ」 ここを教えてくれた先輩先生のアドバイスに従って拝殿に立ち、そっと鈴の緒を引いた。 思いのほか大きく響いた鈴音に、自分で鳴らしておいて首をすくめてしまう。 柏手を打って拝礼し、ランプの薄明りに浮かぶ扁額を見上げると「瀬乃神宮」とかすれた文字がどうにか読めた。 「ゼロ神宮、か」 こんな小さな神社で"神宮"というのも珍しいけど、地元のこども達が瀬乃をゼロともじって呼ぶのは、「一の宮より古い」ことに因むそうだ。 拝殿に背を向けて参道を戻り、樹々に覆われた薄暗い石段を踏みはずさないよう、慎重に降りていく。 こつり、こつり、とあぶなげな音が響き、もう少し低いヒールにすればよかったと後悔してしまう。 石造りの鳥居を抜けて道路に出ると、眼前いっぱいに街の灯が広がっている。 100万ドルとはいえないにしろ、暗がりから降りてきた身には眩しいくらいだ。 そして坂道の上に目をやると、そこには小さなネオンサインが不規則に明滅していて、「bar (こよみ)」の名が見てとれた。 教えてもらった場所はここだ。 昼間は神社が経営しているカフェだそうだけど、夜にはこうしてバーもしているという。 でもネオンサインと入口のランプ以外は真っ暗で、なかなかあやしい雰囲気たっぷりだ。 気後れしつつも意を決して扉を推すと、カリンコリンっと古い喫茶店によくあるドアベルが音を立てた。 なんだかさっきの拝殿みたいだ。 「いらっしゃいませ」 カウンターの向こうから、ロングの黒髪をきりりと結い上げた長身の女性が声をかけてきた。 白いシャツにネクタイ、そしてウエストコート。伝統的なバーテンダーの衣装がとてもよく似合う人だ。 「あっ、あの……わたし、岩代先生にご紹介いただいて……」 「雑賀あかり先生、でございますね。岩代さまより伺っておりました。どうぞ、こちらへ」 すっと差し伸べられた手に導かれて、私はカウンター席に腰掛けた。 小さなバーチェアにおしりがうまく収まると、存外な居心地よさにはやくもリラックスしてしまう。 わたしの他に、お客さんは誰もいない。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!