第3章 血縄の主の大鯰と、裏隅田一族の大宴会

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そのユラさんは先日の戦いでのダメージがまだ抜けきらず、退院してお店に立ってはいるけれど見ていて不安なくらいだ。 あの日「六代目の由良様」と呼ばれる、過去の剣士の魂を身に宿して凶漢を圧倒した由良さんは、凄まじい剣技と動きに身体が耐えきれなかったのだ。 そこで、わたしはサポートの意味もあっていそいそとお手伝いに入ったのだけど……。 カフェのお仕事にはほのかな憧れを抱いていたものの、実際にやってみるとめちゃくちゃに忙しい。 割と辺鄙なところにあるにもかかわらずお客さんはひっきりなしで、地元のお年寄りやドライブ・ツーリングのついでに寄っていく人が多いみたいだ。 不慣れを差し引いたとしてもわたしはまったくのぽんこつで、あんまり役には立っていないのだけど、実はさらに強力な助っ人が来てくれていた。 一人は切れ長の目をしたショートカットの女の子で、ボーイッシュな雰囲気と猫のようにしなやかな身のこなしでホールを担当している。 もう一人は丸顔のやさしげな男の子で、会った瞬間にカワウソを連想してしまうようなかわいらしさだけど、キッチンで手際よく料理をこなしている。 二人が来たのは、わたしが朝からワタワタしてお客さんが増えてきた頃だったのできちんとした挨拶を交わせていない。 けど、ユラさんは女の子を「コロちゃん」、男の子を「マロくん」と呼んでたいそう親しい雰囲気だった。 高校生・・・ではなさそうで、大学の1~2回生くらいかな?と思う年頃に見えて、二人ともめっちゃいい子たちだった。 コロちゃんはてきぱきとホールとキッチンを行き来して、「ホットのぬるいやつ」とか「アイスレモンティーの氷だけ増量」とか、ややこしいオーダーも決して取りこぼさない。 マロくんはニコニコしながらナポリタンを作ったりホットサンドを焼いたり、 その一方でミックスフライを揚げるなど信じられないような動きだ。 ユラさんとわたしはすみっこの方でゆでたまごのカラをむいたりしながら、ご隠居のように二人の姿に目を細めていた。 「よしっ、おおきに!お客さんはけたさかい、三人とも休憩入ってなあ」 客足が途絶えたタイミングでユラさんがそう言ってくれ、バックヤードで三人そろってアイスコーヒーを飲んだ。 ここも小さなダイニングキッチンみたいになっていて、テーブルと椅子が置いてある。 ようやくきちんと自己紹介ができたと思ったけど既に二人とは意気投合しており、なんだか学生時代に戻って友だちとおしゃべりしているかのようなひと時だった。 あんまりにも楽しいのだけど、わたしもおとななので早めにユラさんのもとへ戻ることにして席を立った。 いくら大丈夫だといっても、先日の激闘をみてしまった後ではやはり一人にしておくのも気がかりだ。 と、スマホを忘れてきたことに気付いて、バックヤードに引き返した。 中からは二人が笑う声が聞こえ、ああ、仲がいいんだなあとほっこりしてしまう。 「ごめん、スマホ忘れちゃっ……」 がちゃっと扉を開けたわたしが言葉を失ったのはほかでもない。 さっきまでコロちゃんが座っていたところには、なぜか茶トラの猫が。 そしてマロくんの席にはカワウソがいて、「くきゅっ」と鳴いた。 「……うん?」 わたしはそおーっと扉を閉め直していったん部屋を出て、深呼吸をしてから もう一度ゆっくり扉を押し開いた。 そこにはきちんとコロちゃんとマロくんが座っていたけれど、あろうことか二人とも頭の上に、猫とカワウソのかわいらしい耳がぴょこんと飛び出ているではないか。 「……はい…?」 わたしはとりあえず、自分はどうなっているのだろうかと、さわさわと頭の上を撫でてみるのだった。
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