第3章 血縄の主の大鯰と、裏隅田一族の大宴会

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車は瀬乃神宮のある伊都見台を北に向けて下っていき、やがて「恋野」という地区を過ぎて紀ノ川にかかる橋を渡った。 国境の結界を司る大鯰がいるという川は青くたおやかで、両岸が高く切り立った見事な景観だ。 橋を渡りきってほどなくするとユラさんはハンドルを左に切り、水田と古民家が並ぶ細い路地をするすると走り抜けていく。 わたしが育った北海道では見ることのない古い家並に、子どものように窓から身を乗り出して見入ってしまう。 「あかりん、お家が珍しいの?」 いまはショートカットの女の子姿となったコロちゃんが、楽しそうに問いかける。 「うん、すごく珍しいよ!瓦屋根とか、木の雨戸とか、大きな竹とか、ぜんぶ珍しい!」 これらはすべて、和歌山に赴任してきてから初めて目にしたものだった。豪雪の北海道ではほとんど瓦は見ないし、背の高い大きな竹も実に内地らしい光景だ。 「あかりんは紀伊よりずっと北の国から来たんだよねえ。そんなとこではぼくはきっと、凍えて寝てばかりいるなあ」 丸顔の男の子姿で、マロくんがのんびりと応答する。 車はさらに細い道を危なげなく縫って曲がり、突然左手に果樹園のような空間を見下ろす場所に出た。 右手には祠のある小丘があると思ったら、「血縄古墳」と書かれた木の看板が立っている。 「ここが"血縄遺跡"。この柿畑のすぐ南側が紀ノ川で、主さんのおる"血縄の淵"なんよ」 ユラさんの説明に、わたしは郷土資料館で見た考古遺物を思い出した。 血縄遺跡――。弥生時代の集落跡で、多数の土器や石器が出土した大遺跡だ。 さっき見た血縄古墳のほうは未調査らしいけど、血縄遺跡はたしか7次くらいまで調査されたのではなかったか。 古墳と弥生遺跡と川の主の大鯰がいっぺんに存在するこの地域に、わたしはすっかり興奮してしまった。 果樹園沿いに坂を下って道なりにしばらく行くと、これまた古い立派なお屋敷が建っている。 なんでもここにはかつて北条時頼とともに大鯰と戦った、隅田党の末裔の方が住んでいらっしゃるそうだ。 ただ、結界守の秘密を知るのは一族の限られた人たちで、彼らは特に「裏隅田一族」と呼ばれている。 今日の儀式にはその裏隅田さん方も列席するとのことで、わたしもスーツ姿というドレスコードの指示があったのだった。 挨拶をして裏隅田さんのお屋敷に伺うと、思いの外多くの方がいてびっくりした。 ほとんどがお爺ちゃんお婆ちゃんだけどみんな矍鑠としていて、礼服や羽織袴、黒留袖などといった正装でなんだか結婚式でも始まりそうな雰囲気だ。 若夫婦とお子さんたちも何組かいて、子どもたちはさっそくわたしにまつわりついてくる。 めちゃくちゃかわいい。 準備と着替えのために奥の座敷へと通されたユラさんと二人の護法さんを、子どたちと遊びながら待つことにする。 ほどなくして出てきたユラさんたちの格好を見て、わたしは思わず歓声をあげてしまった。 三人とも高烏帽子に狩衣という、あたかも平安絵巻から抜け出てきたかのような衣装に身を包んでいたのだ。 やばい、なまらかっこいいぞ……!
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