第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

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"日本国総菩提寺"とも呼ばれる紀伊の霊峰、高野山。 平安時代に空海が開いた真言密教の聖地で、標高約800 メートルの山上に120弱もの寺院がひしめく宗教都市でもある。 現在では"紀伊山地の霊場と参詣道"の一部として、世界遺産にも登録されている。 一山境内地(いっさんけいだいち)という言葉があるように高野山は山全体がひとつの寺と捉えられ、その存在自体が巨大な鎮壇になっているという。 弘法大師・空海が開山時に張り巡らした山そのものの結界に加え、各寺院ごとにも仏尊の加護が働いているため、全体として何重もの強力な結界で守られている。 しかし高野山へと至る7つのルート「七口」の結界の一部が弱っており、特に「黒河道(くろこみち)」という登山道の防御を更新せねばならないという。 わたしたちは、その結界守である"裏高野"の龍仙寺に向かうため、霊峰への登頂を期して険しい参詣道への第一歩を踏み出そうとしていた――。 というのは嘘で、わたしは今、高野山へと登る山岳鉄道に乗り込んでいる。 信じられないほどの山の中を縫ってぐんぐん高度を上げていく路線に、わたしはまたも子どものようにはしゃいでしまう。 だって面白いのだもの。 向かい合わせの4人がけボックス席にはユラさん、そして人の姿のコロちゃんとマロくん。 「山道に入るので動きやすい服装で」ということで、みんな見事に山ガールに仕上がっている。 あ、マロくんはガールではないけれど、まあとにかくそういうことだ。 もちろんお仕事なので遊びじゃないのだけれど、正直すごい楽しい。 「奥の院?そやなあ。延々石塔が並んで、信長と秀吉と家康の供養塔が仲良くしてるわ。あと、信玄と謙信も」 「最近は精進料理もおいしくなったんだよお。胡麻豆腐なんて、ぷるぷるもちもちして僕は好きだなあ」 「そうね。高野山の胡麻豆腐は皮をむいて作るから、白いのよ。あと精進はお肉もお魚も使わないけど、蒟蒻のお造りもどきなんか出てきて楽しいわ」 「せや。宿坊っていうて、お寺さんが宿してはるところもようけあるわ。確か温泉湧いてるとこもあったんちゃうかな」 わーわーと3人が色々教えてくれ、でもそれは今回の目的ではないのよね、と思うと身体がふるふるしてくる。 「待って、あかりんが悲しそうな顔してるよお」 「あっ、ごめん」 「ごめんね」 「今度はゆっくり山内回ろな。観光で」 古い寺院や仏さんに参って史跡を見て、お寺の宿で温泉浸かって精進料理頂いて、早起きして写経なんかしちゃったりして、そりゃあ楽しいに決まっている。 そんな日を楽しみにしつつ、マロくんからもらったボンタンアメを3ついっぺんに口に放りこんでやった。 ところが山を登りきったと思った終点の極楽橋から最後のひと駅、高野山駅までは急傾をゆくケーブルカーに乗り換えることを知ったわたしは、早々に機嫌を直したのだった。
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