第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

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とんでもない傾斜をごとん、ごとん、と引き上げられていくケーブルカーに揺られることわずかに5分。 作務衣姿の駅員さんたちに出迎えられて降り立った高野の山上は、明らかに平地とは空気感がちがう。 しゃきっと冷たいというか、やはり神聖な霊気のようなものを思わずにはいられない。 わたしたち4人はバスに乗り込み、女人堂の前を通って狭く曲がりくねった道をゆく。 運転手さん、すごい。 "高野山"と刻まれた石柱を過ぎると、下り坂の左右にみっしりと寺院の建物が見えてくる。 ほどなく警察署の前で降りたわたしたちは、ユラさんの先導で森へと至る道に進路をとった。 ふもとから山上へと至るかつてのルートは「高野七口」と呼ばれ、「町石道」「京大坂道」「黒河道」「大峰道」「小辺路」「相ノ浦道」「有田・龍神道」が知られている。 実際にはさらに細かいルートがあるらしいけれど、今回向かうのはそのうちの黒河道(くろこみち)で、山麓の橋本市から登る道だ。 これは本来、高野山に野菜などを納めるための「雑事(ぞうじ)のぼり」に用いられた生活道でもあり、距離が短いかわりに急登のある健脚コースでもある。 いま向かっている裏高野の龍仙寺は山上からの方が近いため、わたしの体力に慮ってくれた面も大きいのだろう。 しばらくは舗装路が続いていたが、やがて周囲にほんのりと霧が立ってきた。 天気予報では晴れだったけど、やはり山の天気は予測しづらいみたいだ。 と、前方からお坊さんの集団が整然と歩んできた。 笠をかぶっていて顔はよく見えないがみんな若そうで、茶色というか渋みがかった黄色い法衣に身を包んでいる。 「あっ!ユラさん、お坊さんだ!お坊さんですよ!」 初めて間近で見る"ただしいお坊さん"に、わたしはすっかり取り乱した。 「そやねえ。お坊さんやねえ」 よしよし、と優しくわたしをなだめながら、ユラさんはかぶっていたキャップを脱いですれ違う僧団に合掌した。 わたしも慌ててそれにならい、お坊さんたちもにこやかに合掌で返してくれたが、そのうちの一人が「あっ」と声をあげた。 見るとお坊さんたちは、わたしのすぐ後ろをとことこ歩いていたコロちゃんとマロくんに驚愕の目を向けている。 そうだった。この子たちはこんなかわいいなりだけども、とんでもない年月を経た大精霊でもあるのだった。 若いとはいえさすがに霊山で修行する僧だけあって、瞬時に二人の神霊たる本性に気付いて拝跪し始めた。 コロちゃんとマロくんは慌ててそれを押し留め、 「いやいや、まあまあ」 「今日はプライベートですのでねえ」 などとまるで旅行地の芸能人みたいだ。 数珠を取り出して拝礼しながら見送ってくれる僧団から足早に離れつつ、 「お勤めごくろうさまですー」 などとたいへんに愛想がいい。 「いやあ、高野のお坊さんはほんとうによく修行されているねえ」 「ええ。若い頃の空海さんを思い出すわね」 二人の会話に、わたしは耳を疑った。 ……はい? クーカイさんって……どちらのクーカイさん……?
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