第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

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道は森の中を下っていき、いつしか完全な山道となった。 霧はいよいよ濃く深く立ち込め、乳白色の海を泳いでいるかのようだ。 わたしの前にはユラさん、後ろにはコロちゃんとマロくんがいるはずだけど、ちょっと油断するとその姿が白い霧に溶け込んで見失ってしまいそうだ。 途中から羽織ったポンチョにはびっしりと水滴がまとわりついて、重さを感じる。 もちろん足元の道を行くだけで、その他目印になりそうなものなんて何もわからない。 正直、山中の濃霧がこんなにおそろしいものとは思いもよらなかった。 「おかしいな…どういうことや」 先頭を行くユラさんがふいに立ち止まり、呟いた。 「もう着いてもいい頃なのにねえ」 「考えにくいけど、結界を踏み違えたかもしれないわね」 えっ。それって…迷った、ってコト……? そういえば、さっきから同じようなアップダウンを繰り返しているような気もする。 道はほぼ一本で、登山道に入ってほどなく目的の龍仙寺があると聞いていたので、そうだとすると怖くなってくる。 それにさっきコロちゃんが「結界を踏み違えたかも」と言ったことも気になる。 と、前を行くユラさんの背中がふっと霧に紛れて見えなくなった。 不安にかられて足を早めたけれど、いっかな追いつけない。 後ろを振り返ると、いつの間にかコロちゃんとマロくんの気配もしない。 「ユラさぁん……?コロちゃん、マロくーん…?」 おそるおそる呼んだ声は、濃霧にすべて飲み込まれて響きもしない。 もう一度大きな声で繰り返したけど同じことで、本格的におそろしくなったわたしは無意識に駆け出してしまった。 その瞬間、濡れた地道に足を取られて転倒し、ずるりと道の傾斜側へと落ち込んだ。 わずかな段差だったはずなのに、這い上がっても一向に元の道が見えず、延々と雑木の斜面があるだけだ。 さらに大きな声でみんなを呼んでみたけどまったくの無駄で、わたしはほとんど泣きそうになりながらそこにうずくまった。 落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ、こんな時はどうすればいいんだっけ。 とりあえず闇雲に動いてはいけないはずだ。 霧はいつか晴れるだろうし、みんなも必ず探しに来てくれる。 手近の大きな樹の下に移動したわたしは、そこでじっとしていることにしたけど折しも重たい霧に雨が混じってきた。 寒い――。 心細さに涙が出てきたとき、遠くのほうで"しゃりん"と金属を打ち合わせるような音が聞こえた。 それはしゃりん、しゃりん、と連続して重なりながら徐々に近づいてくる。 なんだろうとそばだてた耳に、それより早く"はっはっはっはっ"と生き物の息遣いが届いた。 まさか危険な野生動物ではと血の気が引き、そばに落ちていた太い木の枝を引き寄せた。
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