第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

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「でもまさか、裏高野の結界がこないに弱ってるとは予想外でした」 ユラさんが深刻な顔でつぶやく。 「まったく僕の力不足です……。先代の頃から徐々に結界が侵食されてたんやけど、ここにきて急激に綻んでしもたんです。"何か"が意図的に結界を破りに来てるとしか思われへん…。せやけど、護法さんと瀬乃神宮さんが来てくれはったら千人力や。すんませんけど、どうかあんじょうお頼みします」 いかつい風貌の龍海さんが深々と頭を下げ、ユラさん・コロちゃん・マロくんの3人は揃って「受けたもう!」と応えた。 龍海さんのお話によると、高野山ほどの霊場でも大昔からあやかしに狙われてきた歴史があるのだそうだ。 そのうち、もっともよく知られているのは「大蛇(おろち)」のあやかしだ。 空海の入山を妨げた大蛇、そして御廟までの参道に潜み、参詣者を捕食したという毒大蛇……。 実は信仰上、空海は寂滅していないとされている。 奥の院の最深部にある御廟で生身のまま禅定を続けており、そのため今も僧たちは空海のための食事を運び続けているのだという。 伝説によると現在も奥の院に祀られる「数取地蔵」は、参詣する人の行き帰りの数をずっと確認していた。 しかしどう数えても、行きより帰ってくる人の方が少ない。 それは参道の途中、二の谷という場所に潜む毒大蛇の仕業で、数取地蔵は急ぎその旨を御廟で禅定中の空海に知らせた。 自らそれを救済すべく復活した空海は、竹箒を用いて大蛇を滝に封印。 しかし箒には怨念が宿り、空海は「いつかまた竹箒を使う時代がくれば封を解こう」と大蛇に約すことで呪縛を施した。 「そやから、今でも高野山とその周りでは、竹の箒は使わんようにしてるんですわ」 龍海さんがそう締めくくり、わたしは初めて生で聞く空海の伝説にすっかり圧倒されてしまった。 しかし、アンタッチャブルだとばかり思っていた高野山が、そんなにあやかしの脅威に晒されているなんて思いもよらなかった。 わたしがさらに質問しようとして「あの…」と口を開きかけたその時。 ズンッ、と地鳴りのような音が聞こえ、お寺全体が小刻みに揺れた。 次いでゴゴゴゴッ、と土砂でも崩れたかのような音が響き、再びズンッと地が震えた。 「いかん!もう来やったかっ!!」 龍海さんが叫ぶと同時に、ユラさんがバックパックを開いて緋袴の装束を翻した。 コロちゃんとマロくんは瞬時にその姿を変じ、兜巾に結袈裟、錫杖を手にした山伏の装束となった。 法衣の上から同じく結袈裟などをかけて修験者の姿となった龍海さんは、わたしに輪袈裟をかけて数珠を持たせた。 「雑賀先生、一人でここには置いとけれへん!少々危険でも、護法さんらに守ってもらったしか安心や。修法が始まったら、一心に"鎮まれ"って念じとってください!」 「あかりん、今度はぜったいに!」 「見失わないから!」 「先生は護法さんの後ろを離れんといてな!私と龍海さんがメインで止める!」 瞬時に戦闘態勢を整えた全員が、手に手に法具を携えて寺を飛び出し、音のした方へと急行した。 わたしはよくわからないまま、一生懸命コロちゃんとマロくんの後を追うのだった。
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