第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

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真面目でおとなしい印象の子が思い詰めたような顔でそう訴えるので、正直なところ薄気味悪くなってしまいました。 放っておけないので宥めながら駅まで送り届けましたが、彼女は翌日学校に来ませんでした。 ご家族のお話だと、その夜に原因不明の熱で救急搬送され、いまも意識が戻っていないそうです。 そして、なぜかわたし宛てにメモを残していたんです。 そこには震えた字で、こう走り書きされていました。 "12日、申、きゅうれき、こうしん" わたしは、どういうわけか彼女の伝えようとしたことが直感的にわかりました。 12日に一度巡ってくる、旧暦で使われていた申の日。 詳しいカレンダーを開くと、彼女が古墳の傍らに佇んでいたのはまさしく申の日でした。 そして、これまで生徒たちが猿を見た、あるいは襲われたとされている日の十二支を調べると、そのすべてが申だったんです。 そして、彼女のメモには続きがありました。 シャープペンの芯が折れたのか、軸の部分の筆圧だけで文字が刻まれていたのです。 オニ、と。 わたしに分かったのはここまでです。メモも学校側の預かりとなって、もう手元にはありません。 でもわざわざ彼女がわたし宛に託したことがどうしても気になって、事の次第を信頼できる歴史科の先輩に相談しました。 ええ、それが岩代先生です。 先生はメモのコピーを見ると一瞬難しそうな顔をして、すぐにこちらの瀬乃神宮を訪ねるようにアドバイスをくれました。 晩方の、バーが開いている時にと――。 そこまで一息にしゃべったわたしは、宵庚申と名付けられたカクテルをもうひと口含んだ。 その甘さが、少しでも興奮を鎮めてくれることを期待して。 じっと聞いてくれていたマスターはふいに身を屈めると、カウンターの下から一冊の本を取り出した。 和綴じの冊子のようだけど、古いものではない。 表紙には手書きの筆文字で今年の元号が記されている。 「こちらは、今年の完全なカレンダーです。"本来の暦"たる旧暦と、新暦との対比を網羅しています」 マスターはぱらぱらと冊子のページをめくり、ある一点を指で示した。 「この日が、雑賀先生が生徒さんを駅まで送った日。戊申(つちのえさる)です。他の生徒さんが猿に襲われたという12日前は丙申(ひのえさる)。さらにその12日前は甲申(きのえさる)」 12日という法則で、どんどん申の日が示されていく。どれも間違いなく、生徒たちが通学路で猿に襲われたと報告された日だ。 「そして、ここが庚申(かのえさる)。かつて庚申講が行われた日です」 マスターの指先は、まさに明日の日付を示していた――。
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