第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

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第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

「ユラさんって、オサカベさんのこと嫌いなんですか?」 わりと長いこと悩んだ割には、すぱっと核心をついたことを聞いてみた。 前からなんだか気になっていたのだ。 「ん…?うん」 どうしたの、当たり前のこと聞いて。 みたいな感じで優しく即答するものだから、逆にこわい。 ユラさんは相変わらずきりっとした佇まいで、お店のグラスを丁寧に拭き上げている。 cafe 暦でのバイトにも慣れてきたわたしは、今では立派な戦力を自負している。 非常勤講師としても近隣の公・私立学校の授業では、教科書に載っていない地域の歴史に触れるようになって生徒たちには存外好評だ。 もちろん、あやかしや結界のことは言えないけれども。 「でもほら、なんというか。助けてくれたりしますよね」 あの飄々として掴みどころがないながらも、危機に応じては果敢でどこか憎めない人物。 和歌山県教育委員会・特務文化遺産課の刑部佐門、通称「トクブンのオサカベ」さんをユラさんがあんまり好いていないらしいことがどうしても気になるのだ。 「もちろん、いつも感謝してるんよ。でも感謝と好き嫌いは別」 女のわたしでもぽうっとなるようなハンサムな顔できっぱりそう言われると、そういうものかもしれないと思ってしまう。 と、お昼のかきいれ時に備えてコロちゃんとマロくんがサポートにやってきた。 ショートカットの元気な女の子のコロちゃん、やさしげな丸顔がかわいい男の子のマロくん。 大学生くらいに見えるこの二人は、実は千数百年を経た猫とカワウソの精霊で、「護法童子」という存在なのだ。 ゼロ神宮、もとい瀬乃神宮との盟約で代々の"結界守"に合力してきたが、現在はわたしのことを護衛してくれている。 二人とも普段は猫のコロちゃん・カワウソのマロくんとして過ごしており、必要に応じて人の姿をとって活動する。 動物姿のときは、気が付くとわたしの部屋のクッションや段ボール箱の中で丸くなっていたりするので、ユラさんいわく「懐いて」くれているようだ。 「当代、お手紙だよお」 マロくんがA4くらいの大きな茶封筒を、ユラさんに差し出した。 おおきにマロくん、と受け取ったユラさんが、若干いやそうな顔になる。 「あれの時期ね」 コロちゃんがさらにいやそうな顔をして、瞳が一瞬猫のそれに変じた。 二人の精霊は、ストレスがあると人への变化が一部解けて耳が出たり尻尾が出たりすることがある。 かわいいのだけど、しんどそうなので気の毒にはなる。 「あれの時期やね」 ユラさんが茶封筒の中身を取り出して目を走らせた。 封筒の表には、"和歌山県教育委員会・特務文化遺産課"の文字が。 「まあ、毎度のことだから仕方ないよねえ」 マロくんが困ったような顔で取りなしているけど、うわあ、耳が出てる。 なにやら強いストレスを感じることなのか。 でも、小ぶりなしいたけみたいで、耳かわいい。 「あかり先生、ごめんな。実は年に2回か3回、こういうのに出てもらわなあかんのよ」 ユラさんが掲げた書類には、「特務文化遺産審議会会合のお知らせ」と書かれている。 「なんですか…会合…?」 はてなマークを顔にはりつけたわたしに、ユラさんとコロちゃんマロくんは揃って頷く。 「そう。わたしら以外の、紀伊の結界守らあが集まるんよ」 会場は……また和歌山城か。 そう呟いて、ユラさんたちはため息をついた。
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