第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

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「わあわあ!お城だ!ユラさん、お城ですよ!」 わたしはすっかり興奮して、車の窓から身を乗り出す勢いで騒いでしまう。 「そうやねえ、お城やねえ」 よしよし、とユラさんが優しく宥めて落ち着いているのはきっと何度も見ているからだろう。 でもわたしの故郷、北海道にはこういうお城はないもの。五稜郭はあるけど。 全力ではしゃぐわたしの眼前にそびえるのは、紀伊55万5千石の本拠・和歌山城。 虎伏山(とらふすやま)という小高い場所に、かの築城名人・藤堂高虎が縄張りしたという名城だ。 もちろん、徳川御三家の一角である紀伊家の居城としても知られている。 一見、大坂城や名古屋城のような巨大さは感じられない。 しかし山の頂上部にある天守は、小天守と2基の櫓が多門櫓で囲うように連結されており、"天守群"と呼ばれる構造を成している。 つまり、山丘の頂上部が360°死角なしの要塞と化しており、これを"連立式天守"という。 ちなみに日本三大連立式天守は、ほかに姫路城と伊予松山城が挙げられ、現存する城としては珍しい構造にあたる。 「あかりんはお城が好きなんだねえ」 「歴史の先生だものね」 マロくんとコロちゃんが、にこにこしながらわたしの相手をしてくれる。 マニアックなのだろうけれど、わたしは内地のお城が憧れだったのだ。 こっち来てよかった。 ユラさんの運転する白い軽バンはお城の南側から、城内の駐車場へと滑り込んだ。 途中の緩やかな坂は"三年坂"と呼ばれているそうだ。 「この坂の途中に、"天狗の腰掛石"っていうのがあるんよ。紀州徳川家の初代・頼宣公が城を拡張しようとして、昔からここに棲んどった天狗を退去させようとしたんやと。せやけど天狗さんは、一晩に3回城を見回るいう約束で棲み続けて、その石で途中休憩するらしいわ。今も……してはるんやろなあ」 へえ!天狗さん! さすが和歌山。 ユラさんから聞く昔話も、なるほどそういう言い伝えが生まれてもおかしくなさそうだ。 あ、でも"してはるんやろなあ"ということは……。 「天狗さんっているの?」 こそっと聞くと、 「いるよう」 「少なくなったけどね」 と2人の大精霊が気さくに答える。 うーん、なるほどなるほど。 わたしたちは一旦三年坂を降りて、岡口門という門から入城した。 元和7(1621)に整備されたものと考えられ、第二次大戦での空襲を生き延びた貴重な文化遺産として、国指定文化財となっている。 もちろんわたしのためにみんなが遠回りしてくれたもので、実はゆっくり観光をしている隙はない。 これから出席する特務文化遺産審議会の会合は、ユラさんだけではなく和歌山県下各地の結界守たちが一堂に会する場なのだという。
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