第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

3/10
前へ
/130ページ
次へ
高石垣を見上げ、山裾に沿ってゆるやかに上がっていく。 ほぼ全周が石垣で防御されているようで、近くで見るとさらに要塞としての雰囲気が強く感じられる。 途中、なんとしたことか城内に動物園が設けられており「ペンギン」「アルパカ」などの文字に心が躍るが、会合の時間が迫っているのでなるべく見ないようにした。 気の毒がったコロちゃんとマロくんが、一瞬だけ動物の耳を出してみせてくれる。 大サービスだ。 動物園、そして水禽園を横目に通り過ぎると、間もなく山上へと続くであろう細い急坂が見えてきた。 これをえっちらおっちら登ってみると、見た目に反して意外と急峻な虎伏山の様相が実感できる。 風情ある小径を登り切ると、天守閣前の広場へと出た。手前には茶屋があるけれど開いておらず、その代わりに天守へと至る立派な二の門前に「特務文化遺産審議会 定例会合会場」と達筆な年代物の看板が立てられている。 マスクをかけたグレースーツの女の人が会釈をし、すっと手で入場を促す。 天守曲輪に足を踏み入れたわたしは、思わず歓声をあげた。 正面には小天守、それにくっついた大天守。そしてぐるりを渡り廊下のような櫓が囲み、一連の建物として繋がっている。 「先生ごめんな。おわったらゆっくりお天守登ろな」 ユラさんが申し訳なさそうにそう言って、正面の小天守入口ではなく向かって左側の「出口」と書かれた櫓の方へと向かった。 そこにもまたマスクにグレースーツの女性がおり、会釈してすっと次の道へといざなう。 そちらを見ると、なんとここから下る石の階段が見えている。 この地方に特有な美しい緑の石で組まれており、一部は岩盤を削ってできているようだ。 たしかこれは、「埋門(うずみもん)」と呼ばれる施設だ。 この櫓のあたりにはかつて台所が設けられており、この山頂から直接中腹へと出られる地下通路によって、水源の井戸と最短経路で連絡していたのだ。 つまりは籠城戦を想定したもので、よりリアルに和歌山城の強さを感じさせる。 普段は立ち入り禁止のようだけど、スタッフの女性が降り口の鎖を外して案内してくれ、わたしたちはユラさんを先頭にゆっくりとそこを降りていった。 もうひんやりしてわくわくしたけど距離はさほどでもなく、すぐに木戸へと至った。 ここから表に出られるのね、と思いつつユラさんがそれを押し開くのを見ていると――。 外だと思ったそこは、なんとしたことか赤い絨毯敷きの西洋風の広間になっていた。 奥には暖炉があって、天井には大時代な蝋燭のシャンデリア。まるで明治か大正の洋館のようだ。 テーブルや椅子などの応接セットには既に何人もが思い思いにくつろいでおり、ひと目で僧や神職とわかる装束の人もいる。 「和歌山城の"(あわい)"、特務文化遺産審議会の本拠へようお越し!」 横から突然元気よく声をかけられ、びっくりして振り向く。 そこには自由極まりないウェーブのかかったロマンスグレーの髪に、ひょろりとしたスーツ姿の男性。 特務文化遺産課の、刑部佐門(おさかべさもん)さんだった。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加