第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

4/10
前へ
/130ページ
次へ
「佐門さん、おひさしぶりだねえ」 「白髪が増えたみたいね」 マロくんとコロちゃんは気さくに挨拶しているけれど、ユラさんは微妙な距離をとっている。 はっきり「好き嫌いは別」と言っていたのをつい思い出してしまう。 しかしオサカベさんはいっかなそんなこと気にしていないみたいで、 「雑賀せんせも、遠いとこほんまおおきによ。あ、和歌山ラーメン食べはった?」 と、いつもの調子だ。 あれ鯖寿司と一緒に食べてくださいねえ、とオサカベさんがラーメンの話を続けているところに、ぬうっと大きな人影が近付いた。 「これはこれはゼロ神宮さん。紀伊の端から、ようお越しやな」 みると恰幅のよい、見るからに気難しそうな壮年のお坊さんが立っていた。 長身のユラさんよりさらに頭2つほど大きい。 「胡簶童子さん、鞠麿童子さんも。ありがたいこっちゃ」 じゃらりと数珠を擦って合掌し、野太い声で言う僧に、コロちゃんとマロくんは黙って合掌を返した。 そして僧は、わたしに目だけ向けると上から下までじろりと睨め付けるような視線を送った。 なんかこわいなあ、と思った瞬間にユラさんが間に割って入り、 「龍厳さん、この春から紀北の結界見回ってくれとる"雑賀あかり"さんです。普段は歴史の先生してはるんよ」 と紹介してくれた。続けて、 「あかり先生、こちらは裏高野の管長してはる"龍厳"和尚(わじょう)。こないだ会うた龍海さんのお師匠さんやわ」 と引き合わせてくれる。 「ほう…その節はえらいお世話んなりまして」 言葉よりもずいぶんあっさりした態度の龍厳さんは「ほな、また後ほどな」と言いおき、巨体を揺すって自席へと戻っていった。 「なんだかあんまり、感じがよくないというか…」 思わずわたしがそうこぼすと、 「そやねえ、感じ悪いねえ」 と、なぜかオサカベさんがニッコニコしながら相槌を打っている。 なんとなく、ユラさんたちが憂鬱そうにしていたのがわかってきた気がするぞ。 「おっ、もう始まるさかい。ほな皆さん、好きなとこ座っとってねえ」 と言い残して、オサカベさんがひょこひょこと正面にある演台の方へと行ってしまう。 わたしたちは一番後ろの方の席に固まったけど、なんだかチラチラと他の人たちからの視線を感じる。 さっきの龍厳さんみたいな法衣や、あるいは着物の参加者が目立ったけれど、よく見るとわたしのようなふつうのスーツ姿もちらほらと見受けられる。 と、前方奥の大きな扉が開き、洋装の上品な老婦人が進み出て演台からこちらに向き直った。 「結界守の皆さん、ようお越しくださいました。初めての方もいてはるさかい、自己紹介させてもらいます。私は特務文化遺産課課長、徳川頼江いう者です」 お見知りおきください、と歯切れのいい関西弁のイントネーションで締めくくり、老夫人は脇のテーブル席に着いた。 「はい、では出欠確認ですう」 後を受けたオサカベさんが、のんびりした口調で呼び出しを始める。 「裏高野さあん……、裏三社さあん……、裏天野さあん……、裏九鬼さあん……、裏熊野さあん……」 それぞれに皆黙って手を挙げ、その都度袖の衣擦れや数珠が打ち合わさる音が立つ。 「ゼロ…あ、瀬乃神宮さあん」 ユラさんも黙って手をあげる。 「裏雑賀さあん」 どきり、とした。 わたしの苗字と同じ、"雑賀(さいか)"とたしかに聞こえたから。 「本日、代理の者です」 立ち上がってそう答えたのは、品のいい紺のスーツ姿の若い男性だった。 この場に似つかわしくない、といっては他の人に失礼かもしれないけれど、なんとも爽やかな好青年だ。 なぜだか妙に気になって、わたしはその人からしばし目が離せなくなってしまった。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加