第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

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和歌山城はその構造物のほとんどが第二次大戦時の空襲で焼失しており、現在の建物は1958年に外観復元されたものという。 3層3階の内部は資料館になっており、紀州藩ゆかりの武具類や古文書などが展示されている。 "(あわい)"となって不気味な気配の漂う各階を息を殺して抜け、慎重に階段を上っていく。 と、最上階のあたりからかすかな人声がしているようだ。 「みんな!よかった……」 最後の階段を上り切る前に、そこに結界守たちが集まっているのが見え、わたしはユラさんとコロちゃんマロくんのもとへと駆け寄った。 広間から脱出したのはついさっきのように感じられるので、てっきりわたしたちが一番乗りかと思っていたがどうやら最後のようだ。 「あかり先生、怪我しとれへん?」 「こわい思いしたよねえ」 「もう大丈夫だからね」 かわるがわる心配してもらって泣きそうになるが、そうだ、ここまで連れてきてくれたシュウさんにお礼を言わなきゃ。 けど、その直前にあの龍厳和尚(わじょう)が口を開いた。 「みんな、無事でおるな。しかしこれではっきりしたわい。やはり結界を破り、あやかしの侵入を手引しとる者がおる。――この中に」 和尚の宣言と同時に、結界守たちが手にした檜扇や独鈷杵、あるいは数珠などの法具をジャキッと構えた。 半円形に包囲されたその中心には、一人佇むシュウさんの姿があった。 「え……?何、なんの……」 混乱するわたしの思いとはよそに、囲まれたシュウさんは素早く天守の廻り縁へと躍り出た。 しかし、外にはオサカベさんと頼江課長が待機しており、拳銃のようなものを向けて両側から挟み撃ちにしている。 「動きぃな。じっとしとりよ。ぼくかって撃ちたないさかい」 冷徹な声で、オサカベさんがシュウさんを牽制する。 だがシュウさんはそれを振り切るように高欄に足を掛け、黒い霧のようなものが立つ大屋根へと飛び下りる姿勢をみせた。 が、その機先を制して頼江課長がシュウさんの手元の高欄目掛けて発砲し、チュインッと跳弾する音が響いた。 「ッダラァ!っんま、このガキャ!!じっとせえ言うとらして!!」 人が変わったかのような頼江課長の剣幕に、シュウさんはふっと表情を緩めると両手を顔の横にあげ、降参のポーズを示した。 「えっ……、ちょ…待っ……」 事態を飲み込めず、ふらりとそちらに足を踏み出そうとするわたしを、ユラさんとコロちゃんマロくんが押し留めた。 ユラさんを見ると無念そうに、静かに顔を左右に振った。 「ふふ。精鋭と言われた紀伊の結界守も、簡単に本拠を落とされましたね。しかも"野衾(のぶすま)"なんて下級あやかしが出たくらいで。ふふ、ははは」 目の前で笑うシュウさんを、わたしは信じられない思いで呆然と見るばかりだ。 結界を破った――? あやかしの侵入を手引き――? 何を…何を言っているの? 「鈴木秀。裏雑賀の代理に成りすまして、当城を襲撃した容疑で身柄を拘束させてもらうで。おまはんの処分は、特殊文化遺産保護法および関連条例に準じて決められる」 頼江課長が銃の狙いをつけたまま、淡々と申し伝える。 が、シュウさんはさらにもう一段高欄を上った。 「正気かワレェ!!(あわい)に落ちて自決するつもりなんか!!」 龍厳和尚が、慌てたように一喝して詰め寄った。 「……だからあなた方では、役不足だっていうんだよ」 シュウさんは嘲るようにそう言うと、仰向けになって高欄からその身を滑り落とした。 皆があっという間もなく、立ち込めた黒い霧の彼方へと落下していく。
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