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「まさか…!」
「んなアホなことあるかい!」
口々に叫びながら駆け寄っていく結界守たち。
まさか、まさか、と騒然として黒霧の下に目を凝らしだしたその時。
ズボッ、ズボッと霧を突き破るようにして、おそろしく長いなにかが何本も立ち上がってきた。
信じられないことに、その先端は会場へと案内していたグレースーツの女性たちの姿をしている。
しかし口元は耳まで裂けて鋭い牙をさらしており、あろうことか、下半身は長く長く伸び上がって揺らめいている。
「高女……!?」
ユラさんが呻いた。
その名前、和歌山市域の民話で読んだことがある。
たしか、かつてこの地域の遊郭に出没したというあやかしだ。
嫉妬に狂う女の姿をしており、下半身を長く伸ばして上階の思い人に恐怖を与えるのだという――。
「もう絶滅したとでも?会場で目にしても、わかりませんでしたものねえ」
笑いながら姿を現したのは、落下していったはずのシュウさんだった。
数体の高女が差し出した腕の上に立ち、天守の高欄より高い位置からこちらを睥睨している。
ふと気付くと、天守の周囲はさらに何体もの高女が取り囲んでおり、しかも階下の方からはチチチチチチッとおびただしい数の生き物が這い上がってくる音が聞こえる。
野衾の群れが、天守へと殺到しているのだ。
「…ふん、せやからなんやいうんじゃ。我ら一同相手にしてこの程度で勝てる思うとは、えろう舐められたもんやな」
龍厳和尚が吐き捨てるように言い、眼前で数珠を構えた。ユラさんや他の結界守たちも各々の法具を手に、すでに臨戦態勢を整えている。
「その点はもちろん、侮ってなどいませんとも。……ですので、全力でいきますよ――」
高女たちの腕に抱かれたシュウさんはそう言うと、胸の前で印を組んだ。
「当代"重秀"の名において請い願う。火炮のみ技、我に貸し与えたもう。――"雑賀孫市"公っ!!」
次の瞬間、シュウさんはジャケットの脇から取り出した拳銃を両手に構え、猛禽を思わせる鋭い眼光でわたしたちへと銃口を向けた。
〈各々方、相済まぬ!伏せてたもれ!〉
ガンガンガンガン!と凄まじい発砲音が鳴り響き、天守周囲のガラスが次々に砕け散っていく。
皆咄嗟に伏せて、ユラさんとコロちゃんマロくんがわたしに覆いかぶさって守ってくれた。
銃撃が止むと、シュウさんの口から先ほどの声の主が苦しげに呻いた。
〈……約により、この若造に合力せねばならぬようじゃ…。各々方、はよう止められよ……次は…外さぬ……〉
そこまで警告するとシュウさんの目はふっとやわらぎ、さっきまでの彼に戻ったかのような表情となった。
「やれやれ、どちらの味方なのだか。しかし、はは。さすがは戦国一のガンナー、雑賀孫市公。初めて使う銃器でこれだものな」
ガシャン、と空になった弾倉を落としながら、シュウさんが楽しそうに言い放つ。
そして、彼を中心に高女たちがうねうねと集まり、さらに上空へと押し上げていった。
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