第6章 丹生都姫と八百比丘尼、裏天野の無陣流剣術

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〈……ふん。やはり変わらぬな、そなたの節介も。ちとせ、その娘を連れて下がりおれ〉 六代目はそう言うと木刀を構え、上ってきた鎧武者の前に立ちはだかった。 「あかりさん、だいじょうぶよ。見届けてあげてね」 ちとせさんがわたしの手を引いて六代目の後ろへと回り、欄干にもたれるようにして事の成り行きをじっと見守っている。 武者の面頬奥に顔はなく、ぽっかり空いた黒い眼と口はこの世ならぬ者であることを示している。 腰の太刀をずずずっと抜き放ち、肩に担ぐと六代目めがけて袈裟がけに振り下ろした。 六代目は狭いうえにアーチのついた橋の上で巧みに足を捌き、ぎりぎりのところで身を引いてその斬撃をかわす。 だが武者は避けられた太刀をそのまま反転させ、さらなる刀勢で斜めに斬り上げてきた。 六代目はその太刀の横腹めがけて木刀を振り下ろし、滑らせるようにして軌道を逸らす。 鋼の刃に木刀で対処するには、きっとこれが最適解なのだろう。 太刀を流されて体勢を崩した武者の胴を、六代目は間髪入れず強烈に蹴り込んだ。 武者は欄干へと叩きつけられ、反動で緩んだ手首目掛けて六代目が木刀を一閃させる。 武者の手から太刀が弾かれ、回転しながら飛んでいった。 六代目はさらにもう一度蹴りを放ち、武者の上半身は欄干からはみ出して今にも下の鏡池へと落下しそうだ。 「六代目由良様の強さはね、一切の躊躇いがない攻撃性だけではないわ。あの巧みな足捌きと体術の上手さなのよ。あの人の足元を、ようく観察しておいて」 ちとせさんはわたしの手を握ったまま耳元で嬉しそうにそう言い、その手にぎゅうっと力を込めた。 〈……ふん。当代のため、か。が……礼を言う、清月〉 六代目は武者の胴を足蹴にして動きを封じたまま、その兜の頂点に木刀の切っ先五寸ばかりを密着させた。 〈水乗火(すいじょうか)―――"灌頂甘露(かんじょうかんろ)"〉 次の瞬間、鎧武者は凄まじい勢いで真下の鏡池へと吹き飛ばされ、落下の衝撃で大量の水柱が立って空中で霧となった。 池の底はまるでクレーターのように窪み、その中心には高圧でひしゃげたようになった甲冑が埋もれている。 水煙とともに、何か光る物がいくつも池の上に舞い上がった。 目を凝らすとそれは、おびただしい数の鏡だった。 そのうちの一枚がわたしたちの方へと落ちてくるのを、六代目はちとせさんの目の前で木刀を一閃させて叩き割った。 無数の破片になった鏡は水霧を反射し、きらきらと輝いた。 「お見事ですわ。由良様」 〈ふん。毒婦め〉 ちとせさんは「まあ」と驚いて目を丸くし、 「そんな、褒めすぎですわ」 と言って鈴の音のようにころころと笑った。
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