第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守

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「先生、さっきの岩の伝説ってご存じっスか?」 平らな道にかかったとき、先頭を進んでいたギャルちゃんが振り返り、尋ねてきた。 そうだ、そのお話はここに来る前に読んだ本に書いてあった。 修験の開祖、役小角。 彼の並外れた霊力をもってすれば、鬼や神までを従えることができたという。 実際に多くの役小角像では、彼の護法である「前鬼・後鬼」という2体の鬼が寄り添う姿で描写されることが一般的だ。 そして小角は葛城山、つまり金剛山の古い神である「一言主(ひとことぬし)」すらも使役したと伝わっている。 この一言主は『古事記』下つ巻、雄略天皇の時代に登場するのが初とされている。 その名の通り「禍事(まがごと)善事(よごと)も一言で言い離つ」託宣の神とされている。 能楽の「葛城(かずらき)」という演目にも登場することが知られているが、そこでは女神として描かれている。 小角はその霊力で一言主を使役し、金剛山地からもうひとつの霊山、大峰山への橋を架けるように命じたという伝説はすでに述べた通りだ。 一言主は自身の醜さを厭い、人目につく昼ではなく夜に作業を続けたが、小角は宗教者としての活動を認められず、伊豆へと配流されてしまう。 それは小角の呪法で縛られた一言主が朝廷へと訴え出たためと伝わっており、平安時代初めの『日本霊異記』ではまだその術の効力が解除されていなかったという。 かくして不動山には、その時に一言主が集めかけた橋の建材が放棄されたままになっているというのが伝説の粗筋だ。 「でもね、マジ神サマがそんなことになるっスかね?あーし、なんか事情あったと思うんスよ。でなきゃこの辺りで、こんなに一言主サマと小角サマが祀られてへんって思うんス」 なるほど、ギャルちゃんがそう考えるのもわかる気がする。 一言主は『古事記』では人である天皇より上位、『日本書紀』ではほぼ対等、『日本霊異記』では役小角に使役される立場として描かれている。 これを神威の零落とするのが一般的なようだけど、もしかすると神と人との間に知られざる事情があったのかもしれない。 「あかり先生、おつかれさまです。ここが不動山のピークです」 そうこうしているうちに、狭い尾根の高まりへと至った。 ハカセくんが指し示した木の幹には、手書きで不動山と表示したプレートが下がっている。 ぜんぜん眺望もなにもないけれど、いわば初めて登頂した山となったのでわたしはたいへん感動した。 他の登山客がもし通ったら迷惑になるので、皆で隅っこの方にシートを敷いてお弁当を広げた。 実は今朝出かける前、cafe暦で伊緒さんがサンドイッチをたくさん持たせてくれたのだ。 この前彼女が試作したスモークチキンがたっぷり挟まれていて、燻製の香りが本当に心地いい。 若い2人も気に入ったみたいでもりもり食べ、コロちゃんとマロくんも猫とカワウソ姿のまま、おいしそうにチキンを齧っている。 食事をして水分をとって、すっかり元気になったわたしはまた2人の案内で下山に取りかかった。 けれどなにやら急に雲行きがあやしくなってきて、さっきまで明るかった山はにわかに(とばり)が下りたように暗くなってしまった。
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