第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守

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たとえ昼間でも、山中で荒天になるとその様相が一変することを思い出した。 裏高野で霧に巻かれた時も方向を見失って怖かったけど、黒雲の下でさらに樹々が光を遮ると、本当に真っ暗になって焦燥感に追い立てられる。 若い2人の行者が先導してくれているからまだ安心だけど、急傾斜の下りにわたしは何度も足をとられた。 「先生、足元よく見て。急斜面は身体ナナメにするんス。慌てずに歩幅狭めて、小足で下りるんスよ」 遅れがちなわたしを何度も振り返って確認しながら、ギャルちゃんとハカセくんが気遣ってくれる。 いよいよ森は暗さを増し、頭上ではゴロゴロと不穏な響きがし始めている。 登りを長く感じたように、下りもまた違う景色のように見えて不安なほど遠い道のりに思える。 コロちゃんとマロくんは雷が苦手なのか、行者2人が負っている頭陀袋の中にすっぽりおさまってしまった。 尚もしばらく下り続けると、ようやく見覚えのある巨石の辺りまで到達した。  と、不意に樹々の間にフラッシュのような光が走り、直後に雷鳴が轟いた。 初めて聞く山中の雷に、わたしは思わず身をすくめた。 再び顔を上げると、眼下になぜか3人組がこちらへと登ってくるのが見える。 こんな時に、ピークを目指す登山者がいるものだろうか。 彼らは偶然にも、女の子を山伏2人が先導するというわたしたちと同じ構成のパーティーだった。 結構距離が離れてしまったギャルちゃんとハカセくんにすれ違いざま会釈をして、ずんずんこちらへと登ってくる。 わたしも彼らと行き違うかというその時、再び稲光が樹々の隙間から差し込んできた。 一瞬の明光に照らされて浮かび上がった3人組の女の子は、どういうわけかわたしとまったく同じ、上から下まで見事に同一のコーデだった。 次の瞬間に轟いた雷音に驚いたのと、彼らに気を取られたのとで、わたしは足をとられて転倒してしまった。 幸いどこも傷めなかったのですぐに身を起こそうとすると、さっきの女の子が手を差し伸べてくれている。 暗さとキャップの影のせいで顔はよく見えないけど、本当に背格好までわたしとよく似ている。 「ありがとうございます」 そう言って彼女の手を握って引き起こしてもらう。 ふんわりと軽く、そして冷たい手だった。 「今から登られるんですか?あの、危ないのでは……」 そう声をかけつつ、わたしははっと思うところがあった。 慌ててポケットを探ると、行動食の羊羹が3本。 わたしはその女の子の手に羊羹をそっと握らせ、 「ありがとうございます。よう……お詣り」 と言って深々とお辞儀をした。 女の子はそこだけうっすらと見える口元にほのかな笑みを浮かべ、そのまま金剛山の方へと登っていった。 無事に下山したわたしたちは、山の方に向けて再度拝礼した。 古事記に初めて登場する一言主の神は、葛城山へと狩りにやってきた雄略天皇一行とまったく同じ姿をしていたそうだ。 それが一言主だとわかった雄略は捧げ物をして敬意を表したが、わたしの羊羹は喜んでもらえただろうか。 その時のことは2人の行者もなぜか他の登山者とすれ違ったとしか思っていなかったそうで、袋の中のコロちゃんマロくんも感知できていなかったという。 でもわたしには、葛城の一言主の神が役小角との約束に思いを馳せて、ああして作りかけの橋を時折見に来ているように思えてならなかったのだった。
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