第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし"一ツ蹈鞴"の胎動

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「あかりん!後ろへ!」 「下がっていて!」 そう叫んでわたしの肩から飛び下りた護法童子たちは、みる間に大型犬くらいの大きさへと姿を変じ、爪と牙で並み居る妖異を切り払った。 オサカベさんもさらに取り出した拳銃を両手に構え、直前まで引き付けた蹈鞴の目を撃ち抜いていった。 あの銃にも祈弾が使われているのか、撃たれた蹈鞴たちは黒い霧のようになって蒸発していく。 が、あまりにも数が多い。 獣の姿の2大精霊とオサカベさんは次々と蹈鞴を倒していくが、数に押されて徐々に道路の片側へと追い詰められていく。 わたしは、わたしは――。 いや、わたしも! ずっとベルトに挟んで携えていた、清月師範の奥さんからもらった檜扇を強く握った。 この扇は本当に真心が届いたとき、きっとあなたの力になる――。 そう言って託してくれた、裏天野の法具。 あれからわたしは、下山した後も毎日毎日、清苑さんから習った技を反復していた。 使える、使えないではない。 今やらねば、いつやるのだ! 蹈鞴の一体が、オサカベさんの背後で牙を剥いた。 その瞬間、わたしは無意識にそこへと向けて走り込み、すれ違いざま横一文字に檜扇を振り抜いた。 「雑賀さん。あんたが習った居合、あの技の名前は―――」 別れ際に清苑さんが教えてくれた、無陣流居合術の一の太刀。 "天水(あまつみず)"――! 横薙ぎにした檜扇は周囲に白い霧雨のような粒子をまとい、それは小太刀の長さで刃の姿をとっていた。 続けざまに、跳躍してきた蹈鞴を縦一文字に迎え打つ。 白い粒子の刀身はあやまたず妖異を切り裂き、先ほどの蹈鞴とともに無へと帰した。 「お見事……!」 2人の童子とオサカベさんが、声を揃えて称えてくれる。 が、切っても切っても妖異は次々に襲いかかってくる。やがて息があがり、足元がふらついてきた。檜扇の白い刃も徐々にその輝きを弱めているようだ。 狙撃僧兵たちも各所で格闘戦を展開しているが、数で勝る獰猛な蹈鞴たちに、いよいよ窮地に立たされている。 わたしもいつの間にか、必死で戦うオサカベさんや2大精霊たちから離れてしまい、道の端で数体の蹈鞴に囲まれつつあった。 限界を超えた挙動に意識が遠のきかけたその時、ぼやけた視界に西側から何台もの車の光が近づいてくるのが見えた。 ああ、そうだ。 特務文化遺産課の別動隊が、和歌山市方面から到着したんだ。 戦闘領域に踊り込んできた車から次々と増援の人々が降り立ち、戦列に加わってくれる。 よかった、これで……。 そう気が緩んだとき、足がもつれてその場に倒れ、檜扇を手放してしまった。 そんなわたしを認めて、周囲の蹈鞴たちがニタリと笑うかのように牙を剥いた。 跳躍して、一斉に飛びかかってくる。 ああ……。 わたし、死ぬんだ。 妖怪に食べられて――。 そう観念しかけた、その時。 風のように、一人の人が疾駆してきた。 ほんの刹那の間にわたしと蹈鞴たちとのあいだに滑り込んだその人は、手に持った榊の枝を横薙ぎに一閃した。 綺麗な弧を描いて振り抜かれたその軌跡は、襲いくるすべての妖異を両断していた。 「木剋土(もっこくど)――"神籬(ひもろぎ)"」 緋袴を翻して現れたその人に、わたしは今度こそ本気で恋をしそうだと思った。 きりりと結った長い黒髪をなびかせ、ゆっくりと私の方を振り向く。 ちょっと、もう。 かっこよすぎるよ、ユラさん。
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