第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし"一ツ蹈鞴"の胎動

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「あかり先生、こっちへ!」 ユラさんが手を引いて起こしてくれ、一緒に逆側の車線へと走っていく。 増援部隊のおかげで勢力図は塗り替えられ、オサカベさんと獣姿のコロちゃんマロくんとも合流することができた。 一塊になってそれぞれの武器を振るい、蹈鞴の群れを突破していく。 わたしも起きがけに拾い上げた檜扇を再び手にし、夢中で走った。 わたしたちが反対車線へと至った瞬間、一台の車が猛スピードで乗り付けて急停車した。 「乗りいや!一ツ蹈鞴の本体追うで!」 時代物のオープンカーで現れたのは、特務文化遺産課の徳川頼江課長だった。 「僕らはこのまま!」 「走って追うわ!」 コロちゃんとマロくんは四つの肢で力強く路面を蹴り、蹈鞴を追いかけていった。 オサカベさんが助手席に、ユラさんとわたしが後部座席に飛び乗った瞬間、頼江さんは車を急発進させた。 幌が畳み込まれた後ろの席の間には、三葉葵の家紋で彩られた長大な包みと細長い桐の箱が積まれている。 「佐門、ユラちゃん。これが要るやろ?」 くいっと親指でその荷物を指す頼江さん。 「課長、おおきに……!」 オサカベさんが初めて嬉しそうな顔を向け、ユラさんも後ろから一礼した。 猛スピードで東へ進路を取った車から、路面のほうぼうに巨大な足跡が穿たれているのが見て取れた。 蹈鞴もまた、フルスピードで元来た道を戻っているのだ。 「おったでえ!!」 叫ぶ頼江さんが凝視するその先には、釣鐘を纏った一本足の妖異の姿が。 「蹈鞴より前に出るで!護法さぁん!頼んますうっ!!」 その声をキャッチしたコロちゃんとマロくんが疾風のように路面をジグザグに移動し、動線を邪魔された蹈鞴がほんの少し動きを緩めた。 その隙を逃さず加速した車は、跳躍した蹈鞴を追い抜いて前へと飛び出た。 「佐門!特殊文化遺産保護法ならびに関連条例により、鎮壇具の封印解除を許可する!」 「受けたもう!」 頼江課長の声にオサカベさんが応じ、すぐさまユラさんが長大な包みの紐を解いた。 中から現れたのは、細かく藤が巻かれた美しい長弓だった。 続いて矢筒も取り出され、ユラさんからそれらを受け取ったオサカベさんは、車の後方を向いて助手席に立ち上がった。 「当代"刑部(ぎょうぶ)"の名において請い願う。御弓の御技(みわざ)、我に貸し与えたもう。"狩場刑部左衛門(かりばぎょうぶざえもん)"様!」 次の瞬間、そこに立っていたのはオサカベさんではなかった。 六代目由良が"たたら狩り"と称した、伝説の益荒男(ますらお)。 〈一ツ蹈鞴……!〉 刑部左衛門は鋭い目を妖異に向けると、頭上の長弓に十二束三伏(じゅうにそくみつぶせ)の矢をつがえ、ゆっくりと降ろしながら引き絞っていった。
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