第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

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わたしたちに目がけて飛びかかってくる鬼たちを、猿が食い止め由良さんが榊で斬り払う。 倒れるようにして御堂に転がり込むと、清浄な空気感に思うさま荒い息をついた。 膝が、手が、笑うように震えている。 「雑賀先生、よう聞いてな。気付いてる思うけど、ここは現実の古墳がある世界とはちゃう。うつし世とかくり世の境、”(あわい)”や。せやから、普通にはこの公園からも出られへん」 地の言葉で由良さんが語ることを、わたしはすんなりと受け入れていた。 そうか。目を覚ました時、景色の端は黒い膜のようなもので覆われていた。 猿と鬼が戦っているこの状況も、現実と幽界のはざまのできごとなのか。 「鬼門除けやった庚申さん・・・青面金剛神の結界が弱ってしもて、裂け目から鬼が入ってきたんや。今までは使いの猿神が守ってくれてたけど、もう長くはもたん。せやから、いまから本来の鬼門除けやった古墳の主に申し述べて、結界を整えてもらう。ほいでもほんまに成功するかはわかれへんさかい、万が一の場合、先生がここから逃げられるだけの裂け目をつくる。それまで、絶対にここを動かんといてや!」 そう言うと由良さんは、さっきの檜扇をわたしに握らせて「丸腰よりはなんぼかましやでな」と少し笑い、敢然と御堂の外へと飛び出していった。 「デイバヤキシャの眷属たちよ!いましばし、(やつかれ)(たす)けたもう!」 叫びながら古墳へと走る由良さんに、鬼たちが一斉に群がってきた。 猿たちはそれを食い止めるように壁となり、石室の入口までの道が示された。 異形のモノどもと神使たちの乱戦のさなか、濠を越えて墳丘に到達した由良さんは手近の若木を折りとって石室の前に突き立て、威儀を正して拝礼した。 「たかまのはらに かむづまります かむろぎかむろみのみこともちて すめみおや かむいざなぎのみこと つくしのひむかのたちばなのおどのあわぎはらに・・・」 祝詞のような詠唱が朗々と響き渡り、心なしか神使の猿たちが勢いを盛り返したように見える。 「・・・ちとせあまりいほとせへたる・・・ おろちのみはかせ・・・ たてまつりし やちまたのおおきみ・・・」 鬼の断末魔と猿の叫び声が交錯し、途切れ途切れにしか唱え言葉は聞こえない。しかし、何か大きな力が湧き上がってきて鬼の動きを阻んでいるのが感じ取れる。 わたしはじっと動かずにいながら、檜扇を握りしめた手にいっそう力を込めた。 が、その時。 金属を引き裂くような音が耳をつんざき、鬼たちが入ってきていた裂け目がさらに大きく広がった。 内側から巨大な手がそれを押し広げ、あろうことか猿たちに数倍するような巨大な鬼が姿を現した。
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