第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし"一ツ蹈鞴"の胎動

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「あかり先生」 ふいに、六代目ではなくユラさん本人の声がした。 わたしの方に振り向けた左側の顔は、たしかにいつものユラさんの目だ。 「もしかすると、またさっきみたいに小さい蹈鞴が湧いてこんとも限らへん。オサカベはもう戦われへんやろから、頼江課長と一緒に守ったって。……六代様の後ろ、任せたで!」 そう言いおいて、蹈鞴に向けてつっと一歩を踏み出した。 頼江課長は拳銃を構え、わたしに向けて頷いてみせる。 〈胡簶、鞠麿。わらわに合力せよ〉 「言われずとも!」 「そのつもりだよ!」 長刀を引っ提げた六代目が地を蹴り、さらに両側から2大精霊が蹈鞴へ向けて殺到していく。 一瞬の溜めののち宙に飛び上がった蹈鞴は、空中で身をよじって広範囲の蹴りを放った。 地に伏すほどに身を屈めてそれをかわした六代目は、大きく右後方に刀を構えている。 〈金剋木(ごんこくもく)――"韓鋤(からさび)"!〉 斜めへの軌道で振り抜かれた太刀が、空中で一周して戻ってきた蹈鞴の脚を斬り上げた。 が、浅かったのか妖異は意にも介さず、路面を踏みしめて身を縮めると力強く飛び上がった。 上空でその脚は引き込み、巨大な釣鐘は質量弾と化して落下してくる。 六代目と2大精霊はそれをかわすが、蹈鞴は続けざまに二度三度と同じ攻撃を繰り返し、さしものあやかし狩りも反撃の糸口を掴めずにいるようだ。 背後への警戒を怠らなかったわたしと頼江課長だけど、東西からの結界がかなり接近して残った戦力も続々と到着しつつあった。 けれど長距離を移動しながら結界を張り続けるのは大きな負担とみえ、皆決死の形相で術を展開している。 〈胡簶!鞠麿!〉 「応!」 何度目かに蹈鞴が跳躍しようとしたその直前、六代目の合図で2大精霊が左右同時に釣鐘を押さえた。 飛び上がるために伸ばす瞬間の脚元が、露わになる。 〈土剋水(どこくすい)――〉 刀を下段にとった六代目が瞬時に間合いを詰め、蹈鞴の脚の地面すれすれを鋭く左右に斬り払った。 〈"産土(うぶすな)"!〉 立て続けに傷を受けた蹈鞴は絶叫しつつ激しく身を震わせ、2大精霊を振り払って跳び下がった。 なおも金属音を引き裂くような咆哮を上げ続ける。 〈……結界を寄せてきた者共は闘えぬな。胡簶に鞠麿、次で決めるぞ〉 六代目が切っ先をぴたりと蹈鞴に凝らしたとき、妖異は再び跳んだ。 落下してくる釣鐘をぎりぎりまで引き付けてかわした直後、さらにもう一度飛び上がろうとした蹈鞴に2大精霊が強力に爪をかけた。 完全に動きを封じられた蹈鞴。 その釣鐘、本体の眼がある辺りに六代目はぴたりと剣先を密着させた。 〈……のう、蹈鞴よ。知りおるか。火はその熱で金を溶かすことから"火剋金(かこくごん)"という。 が、この相剋がなお強まることを"相乗(そうじょう)"と呼ぶのじゃ。そなたは名の通り、金気(ごんき)の妖異。これを滅するには、どうやら火剋金では及ばぬらしいの〉 六代目は口元を引き締め、右手一本で構えていた刀の棟に左の掌を添えた。 〈胡簶、鞠麿。動くなよ〉 「応!」 〈(こら)えるのだぞ――当代〉 「はい、六代様」 いま、六代目の呼びかけにユラさんの声が応えた。 わたしも頼江課長もオサカベさんも、東西から迫ってきた結界守たちも皆、魔法にかけられたようにその場を動けない。 〈無に帰るがいい、蹈鞴。そなたを灼き熔かす相乗の太刀、その名は火乗金(かじょうごん)――〉 "燎原迦羅(りょうげんかるら)" 奥義の名を言霊にのせた直後、凄まじい衝撃音とともに六代目の剣が梵鐘を貫いた。 刀身はあたかも溶鋼が噴き出したかのような霊気をまとい、一ツ蹈鞴は断末魔の叫びを残して痙攣し、そして動かなくなった。 〈――礼を言う〉 六代目は剣を引き抜いた勢いでビュッと血振るいを行い納刀すると、すべての力を使い果たしたかのようにその場へと崩折れた。
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