第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

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第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

「えっ、和歌山にもカッパっているんですか?」 実に意外に思って、ユラさんに訪ねた声がつい大きくなる。 「ちょっ、あかり先生、声」 cafe暦のテラス席で、ユラさんがちょっとあわてて人目を気にするのがなんだかおかしい。 まあまあ、これだけ聞かれたところで妖怪と遠野物語が好きな女子たちと思って、生温かい目で見てもらえるだろう。 紀伊各地の鎮壇を再地鎮する任務を帯びたユラさんとわたしは、散発的に和歌山県内の数か所を巡らなくてはならなくなった。 この近辺と同じように、あやかし達への結界として機能している史跡や寺社、工芸品などの文化財を訪ねてその力を更新するのだ。 これまでは各所の結界守たちがそれを担っていたのだけれど、紀伊全体の結界が意図的に弱められていることが判明したため強力な措置が講じられた。 それが、結界の基礎となる土地そのものをより強固に祀る"紀伊再地鎮計画"だ。 その祭式を執り行うため、一ノ宮より古いはじまりの神社、ゼロ神宮こと瀬乃神宮のユラさんに白羽の矢が立った。 で、そのスポットには様々なものがあるのだけど、今回向かう田辺という街では、かの有名な"河童"にまつわる伝説があるのだそうだ。 それを聞きかけてびっくりするわたしが、なぜユラさんとcafe暦のテラス席で向かい合っているか。 それはまさにこれから車で出発しようかという朝であり、またしばらくお店のことをお願いする店長代理の伊緒さんに挨拶しにきたためだ。 朝早くからお店に入っていた伊緒さんはわたしたちの来訪を喜んでくれ、ならばということでわざわざ朝食を整えてくれている。 本来のマスターであるユラさんと、臨時バイトのわたしがご馳走になるのも申し訳ないのだけれど、伊緒さんはいつものようににこにこしながら快く送り出そうとしてくれた。 彼女にはただ、「文化財調査のサポート」と説明してある。 「もちろん紀伊にもカッパの伝説はようけあるんよ。こないだ一緒に、裏隅田一族の人らと大鯰さんの供養した紀ノ川あるやろ。あっこの下流に"ガタロ岩"いうんがあって、ガタロはカッパのことやねん」 ユラさんいわく、紀伊の中でも河童には各地で様々な呼び名があり、これから向かう田辺のそれは"ゴウラ"というらしい。 と、伊緒さんがお皿を2つ運んできてくれた。 「2人とも、たまごは半熟でだいじょうぶでしたよね?さあ、熱いうちにめしあがれ!」 そこには、トーストとサラダとスクランブルエッグがワンプレートに盛り込まれた、正しいモーニングが。 たまごはもう見るからにとろとろふわふわで、わたしには絶対まねできない火加減だ。 伊緒さんは、めちゃくちゃに料理が上手な人だった。 今のcafe暦の繁盛は、ひとえにこの店長代理の活躍のおかげで、ユラさんも安心して任務に就くことができると呟いていた。 手を合わせて元気よく「いただきます!」と唱和し、わたしはさっそくスクランブルエッグをスプーンですくおうとした。 すると、ぷるんと弾けた半熟たまごの中から、みにょーんと伸びるとろけるチーズが。 これは伊緒さんの得意技で、前に見たときはアツアツに熱したフライパンでたまごに火を入れた瞬間に細切りのチーズを包むように混ぜ込んでいた。 うっとりしながらほおばり、 「おいひいれふ」 と阿呆のように口走る。 「そう、よかった」 と伊緒さんがにっこり微笑み、これは常連にもなるわと心から思ってしまう。 ああもう。結婚してくれよ。 田辺の任務から戻ったら、もういっぺん教えてもらおうと決意するわたしだった。
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