第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

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ユラさんの運転する車で、わたしたちは田辺市の近露というところへ向かった。 その名も中辺路(なかへち)町といい、これは熊野古道のルートのひとつでもある。 中辺路とは田辺市を発して熊野本宮、那智大社、そして速玉大社といった熊野三山を巡る参詣道だ。 いま向かっている近露はそのルート上にあり、地図で見ると和歌山県の真ん中からやや南といった山中だ。 そこへと至る道路は様々だけど、わたしたちの暮らす県北東からの最短ルートとして、ユラさんは高野山をかすめて山道をつっきることを選んだ。 ぐんぐん高度を増す山上の道に、わたしはまた思わず身を乗り出してしまう。 1,000m級の嶺々が連なる紀伊山地は、まさしくおいそれとは人の侵入を受け付けない霊場の趣きだ。 多くの動物や植物はもちろん、太古からの神々やあやかしたちが今なお息づいていることを体感させられるようだ。 「――結論からいうと、私はあいつらが間違ってるとは思われへんのよ……」 ユラさんが運転しながら、助手席のわたしへ唐突に語りかけた。 びっくりして言葉を呑んだわたしに、ユラさんは独白のように続けた。 「せやかと言って、正しいとも思ってへんよ。ただ、あの鈴木秀っていう男の子が言うとった"世界のあるべき姿"とか、"人間の都合で定められた歪な結界"とかが頭から離れへんようになって」 わたしはそっとペットボトルのお茶を開けて、ユラさんに差し出した。 おおきに、と笑って受け取り、口を湿らせる。 存分に続きを促すメッセージを汲んでくれたユラさんは、いつになく饒舌に語ってくれた。 「私はこれまで結界守として、課せられた務めを果たすことだけ考えてきたんよ。けど、それって、ほんまに天地の摂理に則ったことやったんやろか?あいつらが現れてから、初めてそんなこと思ったん。私らが退けようとしてるあやかし達って、いわば野生動物みたいな大昔からの居住者のはずやねんな。そら、襲われたら戦うよ。でも、干渉せえへんようにできたら殺し合う必要はないはず。ずっと昔、あの子は――白良(しらら)は確かにそんなようなことを言うてたんや」 ふっ、とユラさんが遠い目をした。 「シララさんって、あのとき蹈鞴に"がんばったね"って言った……」 「そう。12年前に"(あわい)"で行方不明になった、わたしの妹」 ふうっ、とユラさんが重い荷物を降ろすかのように息を吐き、 「生きてた……」 と声を詰まらせた。 「やさしい子やった。白良がこれまでどんな風に過ごして、これから何をしようとしてるんかはわからへんけど……。もう一度会いたい。そのためにも私、一方的に封印するんと違ってあやかし達からも話を聞こう思うんよ」 きっぱりそう言ったユラさんは、ちょっとおかしそうに目元をやわらげてこう続けた。 「カッパさんが話してくれたら、なんやけどね」
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