第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

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「紀伊では河童が冬の間は山に籠もって"カシャンボ"とかって呼ばれることありますよね。土地によってはそれが猿のようやったり童のようやったり、あるいは一本足の一ツ蹈鞴とおんなしような姿やったりて言われますけど、どないに繋がるんやろか」 ユラさんの問いかけに玉置さんは、 「さあよ」 と言って考え込んだ。 「あやかし達のことら、いまだにわかってへんこと多いしな。せやけど、動物かって季節によって住むとこ変えらして。連中もある意味生き物なんやとしたら、そういう生態もあるんかしらん」 そう言って、川原へと下りる道へと先導していってくれる。 川はきれいだけれどもさほどに広いわけではなく、水深も浅い部分が多いので一見なんの変哲もない。 とても、水辺のあやかしが出現しそうな雰囲気ではない。 が、今までわたしのバックパックの中でおとなしくしていた動物姿のコロちゃんとマロくんが目を覚まし、ぴょいっと肩に乗ってきた。 左に猫のコロちゃん、右にカワウソのマロくんという楽しげな構図。 けれど2人は先頃の一ツ蹈鞴のコピーたちとの激闘でかなりの霊力を消耗したらしく、普段はこうして眠っていることが多くなった。 人の姿でいるのはとてもエネルギーがいるそうで、したがってcafe暦のお手伝いはそれ以来、裏葛城修験のギャルちゃんとハカセくんがしてくれている。 「あかりん、念のため」 「少し離れていて」 2大精霊がそう言うのを受けてユラさんと玉置さんは頷き、川原に鎮座する岩を中心に持参した注連縄を円形に張り巡らせた。 結界を施しているということは、この場で何かの祭式か術式を執り行うのだろう。 「玉置さん、ゴウラさまには言葉が通じるやろか」 ふいにユラさんが発した質問に、玉置さんは驚いたように聞き返す。 「そら、大昔に悪戯せえへんことを人間と約束したいうくらいやさかい、通じんことないんやろけど……。どないしたん」 「私な、できることならゴウラさまに聞きたいことあるねん。話せるかどうかわからへんけど結界内で安全は確保するさかい、再地鎮の前にちょっとだけ時間ほしいんよ」 ユラさんの真剣な声に、一瞬考え込んだ玉置さんだったけどやがて頷いた。 「ゼロ神宮さん、やにこいこと考えとるなあ。わかった。せやけど危険やと思たら俺の判断で止めさせてもらうからよ」 そして2人は結界の外から祝詞のようなものをあげ始めた。 さらさらと川の流れる音に乗って、唱和する声が水面を渡っていく。 と、耳の奥できんっ、と鍵のかかるような音がして周囲に黒い膜のようなものが次々に立っていった。 その端は上空でひとつにまとまり、わたしたちは半円形のドームのようなものに包まれた。 うつし世とかくり世の境界、"(あわい)"だ。 正面に目を戻すと、さっきまで無人だった岩の上に何かが座っている。 それは、紛うことなき河童だった。 頭の皿、背の甲羅、嘴のような口に水掻きのある手。伝承のイメージと寸分違わぬ姿をしている。 ただし皮膚は緑とも茶色ともつかぬ複雑な色で、擬態中の蛙の表皮を思わせる生々しさだ。 が、何やら初めて見るわたしにもそうとわかるほど、歳経たような佇まいを感じる。
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