第9章 中辺路の河童、ゴウラの伝説。天地の松と永遠の狛犬

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ゴウラが見せた今度の立ち合いは、さらに低く強烈だった。 咄嗟に正面から受けるのを避けて体捌きでかわそうとした玉置さんだったが、それより早くゴウラの手がベルトを掴んだ。 〈むう!〉 含み気合とともに剛力で引き付け、強引にがっぷり四つの体勢へと持ち込んだゴウラは、そのまま間髪入れず櫓投げに投げ落とした。 受身をとる間もない強力な投げに、さしもの玉置さんも為す術がなかった。 〈――強かったぞ。人間〉 ゴウラは肩で息をしながら、満足そうな笑みを浮かべた。 〈さて、そこの女の人間。そなたはさすがに立ち合うわけではなかろう〉 「いいえ、ゴウラさま。次は(やつかれ)の番にて」 そう言うとユラさんは胸の前で印を組み、六代目由良にその心技で助力を乞う言葉を唱えた。 が、何やら様子がいつもと違う。 どうしたのだろうと心配げに見つめていたわたしと目があったユラさんは、きまり悪げに困ったような顔をした。 「断られた……」 「え?六代さまに、ですか?」 「うん……。"嫌だ"って………」 ええ……。 そういうことあるんだ。 たしかに六代目は体術も強いようだったけど、やはり剣士が本分なのかゴウラとの相撲勝負には適さないのかもしれない。 「仕方(しゃあ)ない……。なら!」 ユラさんは気を取り直してもう一度印を組み、初めて聞く"歴代の由良"の名を呼んだ。 「当代"由良"の名において請い願う。白打の御技、我に貸し与えたもう!十代目様!」 言い終えた瞬間ユラさんの身体に宿ったのは、得も言われぬ陽の気を発散する人物だった。 〈――おお…?おお、おお、おお!〉 嬉しそうにくるくると目を動かし、"十代目"と呼ばれたその人は元気いっぱいに素っ頓狂な声を上げた。 〈これはこれはまたまた!近露のゴウラさまじゃあありませんか!うっわあ、本物だよお!嬉しいなあ!嬉しいなあ!〉 突然のハイテンションにわたしは呆気にとられてしまった。 「相変わらず十代目は」 「さわがしいわねえ」 マロくんとコロちゃんがわたしの肩で苦笑している。 「でも素手なら」 「六代目より強いわよ」 その言葉にびっくりして再びユラさんの方を見ると、ゴウラの気配が明らかにさっきまでとは異なっている。 細かった瞳孔は大きく丸く開き、茶褐色の部分が多かった肌は見る間に鮮やかな緑色へと変貌してゆく。 〈人間。そなたもしや…"あやかし狩り"の由良之丞か〉 〈いかにも僕は由良之丞。十代目の由良さ!ゴウラさまがご存知だとは光栄だなあ。でもまあ、細かいことは抜きにして、さっそく立ち合おうじゃありませんか!〉 十代目は嬉しそうにぐるぐる腕を回して、何やら準備運動をしている。 すっかり毒氣を抜かれたような思いで見守るわたしだったけど、ゴウラはすうっと目を細めて笑っているかのような表情となった。 〈よいのか由良之丞。その女の人間の身体で、十全な技に堪えられるか。知らぬぞ、どうなっても〉 〈もちろん当代も覚悟の上ですよ。それにゴウラさまと手合わせできるなんて、最初で最後の僥倖でしょう。無手にて鎧武者を屠る無陣流白打(はくだ)の技!とくとご覧じよ!〉 ゴウラはそれを聞くと、わたしにもそれとはっきりわかるような嬉しそうな顔をした。 〈なれば、ただの相撲(すもう)ではつまらぬ。大昔を思い出して、相撲(スマイ)にて勝負だ〉 〈望むところさ!〉 そう言うと両者は円形の結界中央付近に進み出て、少し離れて正面から向き合ったのだった。
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