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「ユラさん!うしろ―――っ!!」
反射的に叫んだわたしの声は、間に合うはずもなかった。
巨大な鬼はその掌で石室の前を薙ぎ払い、咄嗟に防御するも由良さんは下の濠へと叩きつけられてしまった。
大鬼は夕陽のような目玉をぎょろりとこちらに向けると、ずん、ずん、ずん、と御堂へと近付いてくる。
身のすくむ恐怖が全身を駆け巡るその刹那、わたしは大鬼がその手に掴んでいるものを見た。
「日高さん・・・!」
苦し気に眠るかのように、あの女生徒が鬼の手に縛められている。
肉体ではなく、その魂が捕らわれていることを直感的に理解した。
恐怖に代わってわたしを突き動かしたのは、どうしようもない怒りだった。
怪異の姿をとって現れた、理不尽という名の災厄。
けど、けれど……
それがなんだっていうの!!
「わたしの生徒を、かえせぇぇぇぇぇっ!!」
御堂を飛び出し、大鬼に向かって駆けだした。
手に持った檜扇を振りかざすと、残った神使の猿たちが一緒に大鬼へと飛びかかった。
しかし次の瞬間、いまいちど振り抜かれた巨大な掌の風圧に、わたしは為すすべもなく吹き飛ばされて古墳の濠際に叩きつけられた。
「う…あぁ……」
全身を覆う痛みに息が詰まり、意識が遠のいていく。
視界の端には土にまみれた緋袴が見え、由良さんが倒れている。
ぼやけていく目に、大鬼がこちらに向けて踏み出してくる様子が映った。
もう、これまでなのか――。
観念しかけた、その時。
頭上で、きゃりん、きゃりん、と涼やかな音が響いた。
懸命に視線を移すと、そこは水面を下から見上げているかのようになっている。
そして波紋の立ったその先では、大きな四つ足の動物が古墳の石室から歩み出てくるところだった。
……馬?
それはまさしく、立派な装飾品をまとった白い馬だった。涼やかな音色は馬体の脇に下げられた、三角状の鐸の立てるもののようだ。
そして馬上には、まばゆい黄金の鎧に身を包んだ偉丈夫が。
「陵山古墳の……王」
傍らで、意識の戻った由良さんが呟いた。
王の姿を認めた大鬼は、大気を揺るがすように咆哮した。
その瞬間、王は馬腹を鋭く蹴り、人馬は一体となって矢のように放たれた。
この世ならぬ空間に、いくつもの波紋と水飛沫が浮かび上がる。
凄まじい速さで鬼に肉薄しつつ、王は腰の剣を抜き放った。
高々と掲げられたその武器は、あたかも蛇のように曲がりくねった姿をしている。
大鬼が爪を振るうより一瞬早く、王とその馬はすれ違いざまに異形の胴を斬り裂いた。
剣に従って尾を引く金色の光が無数の粒となって降り注ぎ、わたしの意識は眠りに落ちるかのように遠のいていった。
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